最新記事

BOOKS

「物語はイズムを超える」翻訳家・くぼたのぞみと読み解くアフリカ文学の旗手・アディーチェ

2020年1月16日(木)18時00分
Torus(トーラス)by ABEJA

Torus_kubota08.jpg

くぼた:アディーチェが書いているのは、今まで「見られる側」にいた人たちが語る物語です。今の世界は、アフリカで代々生きてきた彼らの目からすればどう写るのか? 単に「反」(アンチ)ではなく、どこまでも世界全体を俯瞰するような視点からアディーチェは書いている。

クッツェーとアディーチェの作品を、背景にある長い時間と奥行きを想像しながら読み合わせると、「ヨーロッパ」や「地球の歴史」の全体像が見えてくるのではないでしょうか。

例えば、欧米各地には豪華な建物や芸術品がありますね。そういったものは、どのような資金によって支えられていたのか、とふと思うことがあります。ヨーロッパの「文明社会」が栄華を極めていたそのさなか、その国々は「南」で何をしてきたのか。

建築や芸術だけでなく、文学や思想も含めて、あの豊かな文化は、何百年にも渡って植民地から吸い上げてきた豊かな資源をもとに花咲いたといえます。領土拡張と三角貿易と植民地経営による莫大な富の蓄積によるものです。そういうヨーロッパの影の部分に気づくと、世界の見方が変わるし、日本人のアフリカ観が偏っていたことにも気づくはずです。

私たちの世代は、学校で「アフリカは暗黒大陸だ」と習いました。でも、「暗黒」「野蛮」というような、先入観に満ちた「アフリカ」は、欧米の目を通して伝えられた姿だったのではないでしょうか。これもまた「単一の物語の危険性」と言えるでしょうか。

アフリカのことを書くとき、英語はリングア・フランカ(異なる言語を使う人達の間で意思伝達手段として使われる言語)の一つなんだと思うようになりました。クッツェーやアディーチェの作品は英語で書かれていますが、奥にいくつもの言語を抱えています。アフリカーンス語やズールー語、そしてイボ語やヨルバ語などです。

翻訳文学も日本語文学というのが私の持論ですが、作品の背景やコンテキストがとても重要だと思って仕事をしてきました。アフリカという長い歴史をもった土地に関連した作品を、翻訳文学として日本語の海の中に投げ込んできましたが、それはもっぱら日本語のためなんです。

小説を楽しみながらアフリカへの見方が変わるといいなと思います。わたし自身がそうだったのですが、アフリカと欧米の関係をあらたな視点で見直すと、他者への一方的な見方がちょっと変わる。その結果、欧米やアジアの国々に対する「日本」の姿に、別の光があたるかもしれない。

すぐれた文学作品というのは国や国境を越えて、個人と個人が対等に出会うための想像力を養うものなので、そのまま世界を見る窓にもなるんですよね。

取材・文・写真:笹島康仁   編集:錦光山雅子

Torus_kubota04.jpg

くぼたのぞみ
翻訳家・詩人。北海道生まれ。アフリカを軸にして世界を見る作品を紹介し続けている。アディーチェ作品を始め、J.M.クッツェー『マイケル・K』『モラルの話』、S.シスネロス『マンゴー通り、ときどきさよなら』など多数。著書に『鏡のなかのボードレール』、詩集に『記憶のゆきを踏んで』など。

※当記事は「Torus(トーラス)by ABEJA」からの転載記事です。
torus_logo180.png

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中