「物語はイズムを超える」翻訳家・くぼたのぞみと読み解くアフリカ文学の旗手・アディーチェ
くぼた:アディーチェが語ったTED Talksの『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』が、世界中で予想を超えるヒットになりました。アディーチェの最良の部分は、やはりストーリーテラーだということでしょう。物語に託して細やかな心の襞を描き分け、いくつもの小さな物語を通して、立場の違う人と人の関係を描いています。差異を認め合うにはまず言葉にしなければ、理解できない。違いがあっても、それを認めて支え合うことはできる。そういう可能性を開いて見せてくれているようです。
例えば、代表作『アメリカーナ』(2016年)。主人公イフェメルはナイジェリア出身のイボ人で、子どもの頃からぼんやりアメリカ行きを夢見ていました。
そんなイフェメルと、高校時代に、いっしょにアメリカへ行くことを約束した恋人オビンゼとの恋愛が描かれています。
くぼた:物語の前半は、アメリカへ渡ってブロガーとして成功したのに、ラゴスへ帰郷することにしたイフェメルが、美容院で西アフリカ出身の美容師に髪を編んでもらいながら、自身の過去を振り返ります。
母国の学校時代の話、アメリカに来たばかりのころ家賃を払えずに苦境に瀕した話、一度は身につけた「アメリカ的」な話し方を捨てて、幼いころから馴染んできたナイジェリア英語で話そうと決めた時の話......。
「アフリカ」というと一般にアメリカ人がどんな反応をするか、それが移民たちのあいだにどんな反応を引き起こすかを、リアルに伝えるシーンがあります。美容師のアイシャが、イフェメルの髪を編み込んでいます。アイシャにはイボ人の恋人がいて、同じイボ人であるイフェメルに「結婚」について聞きます。
「でもそれ、本当? イボ人はいつもイボ人と結婚するって?」
「イボ人はいろんな人と結婚してるわよ。私のいとこの夫はヨルバ人。おじさんの奥さんはスコットランド出身」
アイシャは髪をねじりながらちょっと黙り、鏡のなかのイフェメルを見つめて、彼女のことばを信じていいのか決めかねているようだった。
「妹が本当だっていう。イボ人はいつもイボ人と結婚するって」
「どうして妹さんにわかるの?」
「アフリカにいるイボ人をたくさん知ってる。布を売ってるから」
「どこにいるの?」
「アフリカ」
「どこ? セネガル?」
「ベナン」
「なぜ、国の名じゃなくてアフリカっていったの?」とイフェメルは訊いた。
アイシャが舌打ちした。「あんたアメリカのことがわかってない。セネガルっていったら、それどこ? ってアメリカ人はいうでしょ。ブルキナファソからきた友達に、それラテンアメリカの国? って訊くよ、あの人たち」髪をねじる作業を再開したアイシャの顔に悪戯っぽい笑みが浮かんだ。まるでここがどうなっているのか、イフェメルには理解できないのかというように訊いてきた。「アメリカにあんたどれくらい?」
イフェメルはそのときアイシャのことを好きにならないと心に決めた。(中略)
何年も前におなじような質問を受けたことがある。ウジュおばさんの友達の結婚式で、そのとき彼女は二年と答えた。事実だった。ところがナイジェリア人たちの顔に浮かんだ嘲りの色から、アメリカにいるナイジェリア人に、アメリカにいるアフリカ人に、そしてはっきりいってアメリカにいる移民に、まともに取り合ってもらう栄光にあずかるには、滞在年数を上乗せしなければならないことを学んだのだ。
(『アメリカーナ』河出文庫所収 から抜粋)