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3D騒ぎが映画をダメにする9つの理由

2010年6月17日(木)15時09分
ロジャー・エバート(シカゴ・サンタイムズ紙映画評論家)

 例えばティム・バートン。『アリス・イン・ワンダーランド』(アイマックス3D版)は、マーケティング担当の重役に無理やり作らされた擬似3D映画だ。なるほど興行収入は文句なしだった。しかし3D効果はほんの蛇足で、追加料金を正当化するための詐欺まがいの行為だった。

 今ではキャメロンまでが『タイタニック』の疑似3D化を計画している。そういえば3Dドキュメンタリー映画『ジェームズ・キャメロンのタイタニックの秘密』は、沈没したタイタニック号をキャメロンが個人的に撮影したものだった。3D版『タイタニック』は3D用に作られた本物ではないが、キャメロンなら過去の誰よりもうまく「擬似3D」を作りそうだ。

 それでも私は言いたい。『タイタニック』はそのままで素晴らしい映画なのに、なぜ余計な手を加える必要があるのか。歴代興行収入2位の作品でもうひと稼ぎしようという魂胆が見え見えだ。

 私は以前、マーティン・スコセッシのような監督が3Dに取り組んだら、3Dに対する評価を変えるかもしれないと言った。絶対にそんなことはないと高をくくっていたのだが、そのスコセッシが児童文学『ユゴーの不思議な発明』を3Dで映画化すると発表した(11年公開予定)。映画を知り尽くし、その可能性にほれ込んでいるスコセッシなら、自分のニーズに合わせて3Dをうまく使うはずだ。

 私が敬愛するウェルナー・ヘルツォーク監督は、フランスの先史時代の洞窟絵画を取り上げたドキュメンタリーを3Dで撮影している。古代の洞窟のくぼみをより鮮明に映し出すためだ。

 自分の作品はあくまでスクリーンの平面にとどまると、ヘルツォークは言った。つまり、映像が飛び出すわけではないということだ。観客は絵画と同じ空間にいるような錯覚を抱き、先史時代の芸術家と同じ目線で絵画を味わえる。

9)ハリウッドは危機を感じるたびに新技術に頼ってきた トーキー、カラー、ワイドスクリーン、ステレオ音響、そして3D。要するに、最新技術によって家庭ではできない体験を提供するということだ。

 ブルーレイディスクやHDケーブルテレビの登場で、家庭でも映画館に近い体験ができるようになった。3Dは映画館と家庭の差を広げたが、今度は家庭用3Dテレビが再び差を縮めるかもしれない。

 ハリウッドに必要なのは、家庭での体験より格段に素晴らしい「極上の」体験、特別料金に値する体験だ。私は以前から、マキシビジョン48という映像方式を高く評価してきた。既存の映画技術を使うが、1秒間に48コマ(48fps)で撮影し、ちらつきのまったくない映像を提供する。

 今の映画は24fps。トーキー映画初期にアナログ音声を乗せるにはそれが限界の速度だったからだ。だがマキシビジョン48は48fpsなので、画質は2倍向上する。

 私はマキシビジョン48も、少し前の方式であるショースキャンもこの目で見た。どちらも非常に素晴らしく、スクリーンが「3次元への窓」の役割を果たす。映画好きが見たら、3Dのことなど頭から消え去ってしまうだろう。

 私は3Dという映像方式に反対しているのではない。ハリウッドが3Dで塗りつぶされてしまうことに反対なのだ。3Dのせいで、大手映画会社の路線はアカデミー賞に値する映画作りから遠ざかっているような気がする。スコセッシやヘルツォークは大人の映画を作るが、ハリウッドは先を争って子供向け市場に殺到している。

 大手映画会社はストーリーと作品の質に対するこだわりを失いつつある気がする。今は何でもかんでもマーケティング優先だ。

 ハリウッドはあらゆるタイプの映画に使える、過去のどんな方式よりも圧倒的に優れた映像方式を必要としている。マーケティング担当重役の言うとおり、観客は家庭では味わえない極上の体験を映画館に求めている。しかし、探している答えは3Dではない。

[2010年5月26日号掲載]

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