最新記事

映画

国際関係学で読み解くアカデミー賞

ハリウッドでは「力による正義」が政治力や経済力に勝る? 授賞式をこんな角度で見るのもおもしろい

2010年3月9日(火)17時09分
ダニエル・ドレズナー(米タフツ大学フレッチャー法律外交大学院教授)

強者に勝つ 監督賞を受賞したキャスリン・ビグロー。『ハート・ロッカー』は作品賞など6部門を制した Gary Hershorn-Reuters

 3月7日に行われたアカデミー賞授賞式。私はなんと、最初から最後まで観続けてしまった。授賞式は長編映画『アバター』が短く感じるほどダラダラしていた。最高の盛り上がりを見せたのは、俳優ニール・パトリック・ハリスがミュージカルのナンバーに乗せて開幕を告げたときだ。正直に言って受賞作品には大きな驚きもスリルもなかった。

 もちろん、これは米外交専門誌フォーリン・ポリシーのブログ。でもアカデミー賞授賞式という大衆文化イベントから、国際政治について学べることなどあるのだろうか。実を言うと答えはイエスだ。

1)安全保障か政治経済か

 アカデミー賞に関しては安全保障が国際政治経済より重視されるのは明らか。『アバター』と『ハート・ロッカー』、『イングロリアス・バスターズ』はどれも戦争と抵抗運動の話だ。これら3作は合計10部門で受賞した。候補作の中で唯一、国際政治経済に触れた人間ドラマ『マイレージ、マイライフ』は賞を取り逃がした。

2)「力による正義」の実現

 アカデミー賞から学べることは、古代ギリシャの歴史家で現実主義の父ともいわれるトゥキュディデスの言葉「弱者の正義は強者によって圧殺される」がハリウッドでは必ずしも通用しないということ。世界の興行収入が歴代第1位なのにも関わらず、『アバター』は『ハート・ロッカー』に敗れた。経済力と名声が同義語だったのはもはや過去の話。『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグロー監督は、(元夫で)『アバター』の監督ジェームズ・キャメロンと殴り合ったら勝てそうに見える。ハリウッドでは別の力関係が働いているということだろう。

3)激しい経済交渉もあり

 そう言えば、授賞式の開始直後もウォルト・ディズニーとケーブルビジョン・システムズとの間で激しい交渉が行われていたようだ(2社は契約料をめぐる問題で交渉が難航し、ディズニー側が7日未明に傘下のABCテレビの送信を中止。ケーブルビジョンの契約者はABCで放映されていたアカデミー賞の授賞式を開始後15分間視聴できなかった)。

4)ソフトパワーの持ち主

 ハリウッドで最大の「ソフトパワー」をもつ人物は誰か。サラ・ペイリンの物真似でお馴染みの女優・脚本家ティナ・フェイだろう。ロバート・ダウニーJr.と一緒にオリジナル脚本賞のプレゼンターを務め、相方がつまらなくても、いつものように観客を笑わせてくれた(脚本賞は『ハート・ロッカー』のマーク・ボールが受賞)。

5)非対称戦争の戦い方

 明らかに、アカデミー賞は「非対称戦争」の戦い方が下手だ。ホラー映画を紹介する3分間の映像に、ゾンビがほとんど登場しないとはどういうことか。過去のホラー作品『チャイルド・プレイ』の主人公チャッキーでさえ、もう少し長く映っていたのに!

 残念ながら、彼らはゾンビの存在についてちゃんと考えていなかった(カナダの研究者たちは、もしこの世にゾンビが存在して戦いを挑んできたら、早急に攻撃的に戦わない限り文明は崩壊するという説を数学的に結論付けた)。故ジョン・ヒューズ監督に捧げる言葉を述べた俳優ジャド・ネルソンの不気味な風貌は、まるでゾンビのようだったけど。

 最後にもう1つ。もしこの世界に正義というものがあるとしたら、視覚効果賞はデミ・ムーアミシェル・ファイファーの2人の女優が受賞しただろう。一般的に言って、年齢とファッションの間におおむね直接的な相関関係があると思う。授賞式に現れた女優たちは、年齢が高ければ高いほどより上品に見えた。

[米国東部時間2010年03月08日(月)17時04分更新]

Reprinted with permission from Daniel W. Drezner's blog, 08/03/2010. © 2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

カタール首長がシリア訪問、旧政権崩壊後元首で初 暫

ワールド

ドバイ国際空港、2024年の利用者は過去最多の92

ワールド

民間機近くの軍用ヘリ飛行を疑問視、米上院議員 空中

ワールド

ロシアの穀物輸出、EUの船舶制裁が圧迫 中銀が報告
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 10
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中