最新記事

BOOKS

メンタル防衛に必要なのに、職場から消えたものは「雑談」と...

2018年9月30日(日)11時35分
印南敦史(作家、書評家)

Newsweek Japan

<日本の職場でメンタルヘルスに関するニーズが高まっていると明かす、ベテラン産業医。人間関係に関連するさまざまな問題を紹介しているが、なかでも強く納得できるのが「職場の空気の変容」だ>


 私は企業などで働く人たちの健康管理を行う「産業医」を40年務め、今も現役でさまざまな職場で診療を行っています。ただ私の場合、少し変わっているのは専門が精神科であることでしょう。つまり、職場のメンタルヘルス、心と体の問題をいちばんの専門にしていることです。そして、このメンタルヘルスこそ、近年、最も注目度を増してきた医療分野だといえます。(「はじめに」より)

『中高年に効く!メンタル防衛術』(夏目誠著、文春新書)の著者は、自身の立場をこのように説明している。また注目すべきは、メンタルヘルスに関するニーズが高まっている原因として、現在の日本の職場が人手不足であること、そして働き方のさまざまな変化を挙げている点だ。

ひとりあたりの労働密度が上がるなか、企業において、働き手の健康、メンタルの状態が、これまで以上に重要になっているというのである。しかも一般社員ばかりではなく、管理職、経営陣などのメンタルヘルスも極めて大きな課題となっている。


 この40年で、日本の職場は大きく変わりました。仕事の仕方も変わり、働く人たちの意識も大きく変わっています。しかし、その変化に対応できていない部分もたくさん残っており、それが"新しいストレス"を生み出す原因ともなっています。本書はこの40年の日本の職場に対する、私なりの"診断書"でもあります。(「はじめに」より)

そのような立場から本書では、ストレスに関するさまざまな調査を行い、「ひどい嫌がらせ、いじめ、または暴行」「上司とのトラブル」「同僚とのトラブル」「セクシュアルハラスメント」など、人間関係に関連するさまざまな問題を紹介している。

もちろん、そうした事例を確認することも重要だ。しかし個人的には、それ以上に強く納得できた部分がある。それは、「職場の空気の変容」についての記述だ。当然のことながら、職場の空気、人間関係の変化は、メンタルヘルスに大きな影響を与えることになる。だからこそ、まずは「なにがどう変化したのか」を明確にしておくことが大切なのだ。

たとえば、そういう意味で印象的なのは、「会社の変化」として著者がまず「雑談」と「雑用」を挙げていることである。


「かつての職場」をのぞくと、いつも「ワイワイガヤガヤ」していました。あちこちのデスクで電話が鳴り、それに負けじと大きな声で会話が交わされている。煙草の煙もたちこめ、健康に良いとはいえない環境でしたが、賑やかだったのは確かです。しかも、仕事のやり方も、「チームでする」のが主流でした。上下の関係も濃く、互いの仕事の進め方もよくわかる反面、締めつけも強い。
「ワイワイガヤガヤ」の内容はといえば、仕事のことばかりではありません。人事の噂、休日のゴルフ自慢、終業後の麻雀や飲み会の相談、なかには違う部署の人までがふらふらと入ってきて、上司の愚痴をこぼしたりします。つまり無駄話、「雑談」です。(65ページより)

これを読んだとき、かつて自分が勤めていた職場の光景を思い出し、懐かしいような、不思議な気持ちになった。もちろん職種や社風によって多少の違いはあるだろうが、たしかに昔の職場にはこのような風景があった。そして、それが人間的な、柔らかな雰囲気に結びついてもいた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中