最新記事

メンタルトレーニング

あらかじめ想定していれば不幸にも耐えられる、メンタルを守る「皇帝の哲学」

2021年11月10日(水)11時56分
ニューズウィーク日本版編集部

マルクス・アウレリウスが40代後半の時、共同皇帝としてともにローマ帝国を統治してきたルキウス・ウェルスが戦地で急死してしまう。マルクス・アウレリウスは北の辺境に集結した14万の兵士の唯一の指揮官として取り残されたのだ。

それまで現場における軍事経験がまったくなく、何を期待されているのかもわからないまま、ローマ帝国史上最大に膨れ上がった軍団が彼の命令を待っていた。途方もない状況だったが、それでも彼はこの新しい役割を受け入れ、ストア派としての生き方を深める「機会」に変えていった。

恐れていることが実際に起こったと想像することは、最悪のシナリオに備える感情的な戦闘訓練になる。また、知恵と徳を使ってそのシナリオに対処する方法をシミュレーションすることで、可能な限り、起こりうる不幸をより善い機会へと変えていったのだろう。

さらにストア派は、「逆境の予行演習」と名付けたレジリエンスの構築を行なっている。マルクス・アウレリウスは、これを対人関係をテーマに行なっていた。

――明け方から自分にこう言い聞かせておくがよい。私は、今日、でしゃばり、恩知らず、横柄なやつ、裏切り者、やきもち屋、人付き合いの悪い者に出会うことになる。(『自省録』2-1)

これらの人々の登場は、皇帝としての人生にかかわるものだ。不愉快な人間関係は、歴史をも変えてしまいかねない危機だからだ。

当時、異民族の大軍が侵攻してくるというニュースは帝国全体をパニックに陥れた。しかし、不測の事態に備えて「逆境の予行演習」を行なっていたマルクス・アウレリウスは、冷静に、そして自信をもってこの危機に立ち向かっていった。

「逆境の予行演習」は、ネガティブな感情の中でも、特に恐怖や不安を扱うのに適している。ストア派は、恐怖を「何か悪いことが起こるのではないかという期待」と定義している。それは、認知行動療法の創始者であるアーロン・T・ベックの定義と実質的に同じだ。恐怖しているときは未来に焦点が当たっているので、未来にかかわる考えに取り組むことで対処する。

「逆境の予行演習」を用いて不安や悲しみを予防接種することは、心理学者が「ストレスが多い状況に圧倒されることなく長期的に耐える能力」と呼んでいる、レジリエンスを構築するのに有効な方法である。行動心理学では「ストレス接種」と呼ばれ、いわばウイルスに対する予防接種のようなものだ。

自分を守るには、平和なときに戦いに備える必要がある。逆境に遭遇しても平静でいるために、マルクス・アウレリウスもストア哲学という武器で準備をしていた。

さて、あなたはどんな武器を持っているだろう。すぐに訪れるであろう「ポストコロナ」を生き抜くための予行演習を、今から始めておくべきだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中、効果的な意思疎通必要 デカップリング「合理的

ビジネス

IMF、今年のアジア成長率予想4.5%に引き上げ 

ワールド

トランプ氏、プーチン氏と16日電話会談 ウ大統領訪

ビジネス

金融緩和による資産価格上昇リスク懸念せず=ミランF
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体は?
  • 4
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 5
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 8
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 9
    ホワイトカラーの62%が「ブルーカラーに転職」を検討…
  • 10
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 1
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中