最新記事

メンタルトレーニング

あらかじめ想定していれば不幸にも耐えられる、メンタルを守る「皇帝の哲学」

2021年11月10日(水)11時56分
ニューズウィーク日本版編集部

ストア哲学は、キプロスの裕福な商人だったゼノンによって始まった。当時の哲学各派は「幸福な人生」の定義によって識別されるが、ストア哲学は、変化していく世界はコントロールできないが、その変化をどう受け止めるかは自分自身でコントロールできると考える。

つまり、ストア哲学は、人生の目的をどう見つけるか、逆境にどう立ち向かうか、怒りをどう克服するか、欲望をどう和らげるか、苦痛や病気にどう耐えるか、不安に直面したときにどう勇気を示すか、喪失にどう向き合うか、そして、平静を保ちながら死を迎えるにはどうすればいいかを教えてくれる「生き方としての哲学」と言えるのだ。

そのためストア哲学には、怒り、恐怖、悲しみ、不健全な欲望といった心のトラブルに対処するためのセラピー(セラペイア)が含まれている。それは「情念のための療法」と呼ばれる古代の心理療法あるいは自己改善法のようなもので、情念や欲望から自由になった心の状態を示すアパテイアに達するための技術である。

一方、認知行動療法は、ものの考え方や受け取り方(認知)に対して、また、何らかの行動に対して働きかけることで、気持ちを楽にしたり、ストレスを軽減させる治療方法だ。うつやパニック症に対して、投薬治療に引けを取らない治療法として、1990年代から用いられている。自分のストレスに気づくこと、そこでどう感じたかを明確にすることが重要とされる。

このように、「現実とそれを捉える私たちの思考との間には距離がある」、あるいは「両者は分離しているという事実を認識する必要がある」という前提は、ストイシズムと認知行動療法に共通するものなのだ。

古代のストア派の文献には、認知との距離を取る方法が書かれている。エピクテトスも「お前はただの感情だ。躍起になって主張しているものとは違う」と、自分の思考や感情に語りかけることで認知距離が生まれると生徒たちに教えている。

また、その手法として、自分自身の言葉の使い方や、動揺させる思考に対して紙の上にその内容を簡潔に書き出して眺めたり、第三者的に自分の思考を表現するなど、現実ではなく仮説として捉えられるような技術を認知行動療法でも用いている。

「逆境の予行演習」をしていたマルクス・アウレリウスの強さ

ストア哲学の重要なテキストをしたためたエピクテトスは、ストア哲学をヘルメスの魔法の杖(カドゥケウス)のようなものだと生徒たちに教えていたという。それは、触れるとすべての不幸が何か善いものに変わる小さな杖のことで、ストア派は、起こりうる不幸を想定し、それらを無関心に捉える訓練をすることでその小さな杖を手にしていた。

さまざまな困難に対して、ストア哲学には自分自身で軌道修正を図れるような指針が示されていることに驚く。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請、6000件減の21.6万件 7

ワールド

中国、日本渡航に再警告 「侮辱や暴行で複数の負傷報

ワールド

米ロ高官のウ和平案協議の内容漏えいか、ロシア「交渉

ワールド

サルコジ元大統領の有罪確定、仏最高裁 選挙資金違法
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 5
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 8
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 9
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 10
    「世界の砂浜の半分」が今世紀末までに消える...ビー…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 6
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 7
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 8
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中