最新記事

テクノロジー

ジョブズは発明ではなく盗作の天才だった

アップル帝国を築いたカリスマ指導者の真の才能と独裁者としての裏の顔を振り返る

2011年8月26日(金)16時30分
トーマス・ムチャ

表の顔 iPad2の発表会に姿を現したジョブズ。療養中からのサプライズ登壇だった(今年3月) Beck Diefenbach-Reuters

 アップルのスティーブ・ジョブズCEOの退任は、驚くにはあたらない。04年以降、ジョブズが深刻な健康問題を抱えていたのは周知の事実だし、今年1月からは療養休暇に入っていた。

 それでも、多くのアップルユーザーは自分たちのiPadやiPhoneのスクリーンに映し出されたジョブズからの手紙を見て、少なからずショックを受けたはずだ。

「私は、アップルのCEOとしての責務を果たせず期待に応えることができなくなった日には、そのことを自分の口から皆さんに伝えると言ってきた」と、ジョブズは24日に発表した声明に記した。「残念ながら、その日が訪れてしまった」

 ジョブズの退任がアップルにとって大きな節目になるのは間違いない。彼のカリスマ的な指導力のもと、アップルは音楽や本、ゲームやテレビなどの楽しみ方を変え、ユーザーとデジタル世界を結んだ。

 それだけではない。おなじみの黒のタートルネックとジーンズで新製品をプレゼンテーションするCEOは、最高の「宣伝マン」でもあった。ジョブズによる新製品発表会はいつも、カルト的な熱気とエンターテイメント的なショーマンシップが絶妙に融合していた。そして世界はそれに夢中になったのだ。

シンガポールに似た帝国

 退任の発表を受け、ネット上ではジョブズに対する評価や今後のアップルについてさまざまな憶測が飛び交っている。

 雑誌ニューヨーカーのニコラス・トンプソンはジョブズの二面性についてうまくまとめている。


  テクノロジー専門のジャーナリストとして、私はジョブズの態度にひどく苛立つことがよくあった。彼は支配欲が強く人を操るのがうまい。彼はメディアを嫌い、私たちの頭を押さえつけてきた(アップルを批判し過ぎると、取材させてもらえなくなる)。

 ジョブズの考えはいつもこうだった。「すべてを一番よく知っているのはこの私だ。だから、ユーザーが買う製品については、私がすべてをコントロールして当然だ」。つまり、オープンソフトウエアを理想とするエンジニアたちとは正反対の信念の持ち主だった。

 とはいえ、この男が天才であることに疑いの余地はない。ジョブズはアップルを創業し、一度は追放されたものの、97年にアップルを立て直すために復帰。iPadとiPhoneを世に送り出した。私は以前からアップルはシンガポールという国に似ていると思っていた。閉鎖的で規制が張り巡らされていて独裁的。うまく機能している間はいいが、そうでなくなったときには謀反が起きるだろう。


 トンプソンはまた、新CEOに就任したティム・クックがジョブズの穴を埋められるかについて懐疑的だ。


   彼は優秀だし、彼の周りにいる人間も優秀だ。だがカルト的なパワーをもったジョブズにはかなわないだろう。今後のアップルの戦いは、多くがコンテンツに関するものになるだろう。自社の端末に、どんな音楽や映像やゲームをいかなる形で提供できるか? その権利を巡る争いだ。

 その点、ジョブズはクックが持ち得ない力を持っていた。それはジョブズがジョブズであるがゆえに持ち得たパワーだ。彼は会いたい人がいれば誰でも呼びつけることができた。ジャーナリストに思い通りの記事を書かせることもできた。もしジョブズに脅されたら、おもねるより道はなかった。


 アトランティック誌のデレク・トンプソンは、ジョブズは他人のアイデアを横取りして自分のものにする才能があったと指摘する。トンプソンに言わせれは、「ジョブズは現代のトーマス・エジソン」だ。


  ジョブズがキャリアの大半でやってきたことは、アイデアを商品化し世界市場で売ること。スティーブ・ジョブズは「現代のエジソン」と呼ばれてきた。この見方、あながち間違いではないだろう。(他人のアイデアを盗用したエジソンと同じく)ジョブスの類まれなる才能とは、独自に発明したものではなく、既存のアイデアを応用して一般大衆に受ける製品を作ることだ。

──パソコンに必要なさまざまな技術やパーツを最初に開発したのはアップルではない。ゼロックスPARC社だ。だがアップルはそうした技術やパーツを組み立て、スタイリッシュなデザインに仕上げ、一般ユーザーでも使いこなせる手頃な価格のパソコンを作った。

──MP3プレーヤーを開発したのはアップルではなく、オーディオ・ハイウェイ社だ。だが圧倒的な市場シェアを誇るのは、これまでに3億台以上を売ったiPodだ。


 アップルから得た教訓とは、「最初の開発者である必要はない」ということだと、トンプソンは論じる。「(最初であることより)最高でいることのほうが良い。ジョブズの天才的な才能とは、ずる賢い彫刻家であることだ。誰かに最初の一彫りを入れさせ、輪郭が出来てきたところで最後の一仕上げを完璧にこなす彫刻家だ」


GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

EXCLUSIVE-中国、欧州EV関税支持国への投

ビジネス

中国10月製造業PMI、6カ月ぶりに50上回る 刺

ビジネス

再送-中国BYD、第3四半期は増収増益 売上高はテ

ビジネス

商船三井、通期の純利益予想を上方修正 営業益は小幅
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:米大統領選と日本経済
特集:米大統領選と日本経済
2024年11月 5日/2024年11月12日号(10/29発売)

トランプ vs ハリスの結果次第で日本の金利・為替・景気はここまで変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴出! 屈辱動画がウクライナで拡散中
  • 2
    幻のドレス再び? 「青と黒」「白と金」論争に終止符を打つ「本当の色」とは
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    世界がいよいよ「中国を見捨てる」?...デフレ習近平…
  • 5
    北朝鮮軍とロシア軍「悪夢のコラボ」の本当の目的は…
  • 6
    娘は薬半錠で中毒死、パートナーは拳銃自殺──「フェ…
  • 7
    米供与戦車が「ロシア領内」で躍動...森に潜む敵に容…
  • 8
    カミラ王妃はなぜ、いきなり泣き出したのか?...「笑…
  • 9
    キャンピングカーに住んで半年「月40万円の節約に」…
  • 10
    衆院選敗北、石破政権の「弱体化」が日本経済にとっ…
  • 1
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 2
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴出! 屈辱動画がウクライナで拡散中
  • 3
    キャンピングカーに住んで半年「月40万円の節約に」全長10メートルの生活の魅力を語る
  • 4
    2027年で製造「禁止」に...蛍光灯がなくなったら一体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語ではないものはどれ?…
  • 6
    渡り鳥の渡り、実は無駄...? 長年の定説覆す新研究
  • 7
    北朝鮮を頼って韓国を怒らせたプーチンの大誤算
  • 8
    幻のドレス再び? 「青と黒」「白と金」論争に終止符…
  • 9
    世界がいよいよ「中国を見捨てる」?...デフレ習近平…
  • 10
    「決して真似しないで」...マッターホルン山頂「細す…
  • 1
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 2
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロリダ上陸、「避難しなければ死ぬ」レベル
  • 3
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 6
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 7
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 8
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はど…
  • 9
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
  • 10
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中