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広告業界ハイテク広告は手が命
iPhoneやキンドルなど小型電子機器ブームで、製品をおしゃれに引き立てる手モデル需要が爆発
それはニューヨークの典型的な撮影現場だった。明るい照明、大げさに「エクセレント!」とまくし立てるディレクター、スタッフのために用意されたどこかわびしげなスクランブルエッグ。
ただし、被写体は美脚モデルではない。皆の視線の先にあるのは、ティーポットの形を精巧にまねた手だ。手の主ライアン・サーハント(25)は手モデルとして、米通信大手AT&Tの手をテーマにした広告キャンペーンの主役を張ることになっている。
サーハントの手は彩色され、固定され、何度も化粧直しをしながら10時間以上かけて撮影される。ハンサムな顔のほうは、黒いTシャツで覆われたままだ。
この2年ほどの間に彼の手は、万里の長城から芸者、エジプトの象形文字までを曲芸師のように演じ切り、世界中の雑誌や空港、広告看板を飾ってきた。
「手のモデルの仕事をしていると両親に話したら、『何それ?』という感じだった。みんなそういう反応だ」と、撮影の合間にサーハントは言った。手が使えないので水もストローで飲んでいる。
アップに堪えるきれいな手に対するニッチな需要は以前からあった。ピザを持ったりビールを注いだり、頬をなでたりするためだ。だが、iPhoneや電子ブックリーダー「キンドル」など最近の小型電子機器ブームのおかげで、毛がなくてさらさらで、きめの細かい美しい手への需要は爆発的に拡大している。
キーボードを愛撫する
サーハントは1日の稼ぎを明かさなかったが、撮影に立ち会ったAT&Tの担当者は「今日の仕事が終われば引退できるほどさ」とジョークを飛ばす。一般に、一流の手モデルは1時間数百ドルから1日1万ドルの報酬を稼ぐという。
「手モデルは今が全盛期だ」と、体の部分モデルが専門のモデルエージェンシー、パーツ・モデルズの創業者ダニエル・コーウィンは言う。86年に彼女が会社を起こしたとき、手モデルで生計を立てている人は全米でも10人ほどだった。24年後の今、コーウィンは300人以上のモデルを抱え、手モデルを生業にする人は業界全体で50人近いとみられる。
経済全体が停滞しても、デジタルカメラや携帯電話、ノートパソコン、MP3プレーヤーのように軽量でしゃれたハイテク製品を格好よく見せるための手モデル需要はうなぎ上り。
カミソリやクロワッサンといった伝統商品の広告に加え、最近はキーボードを愛撫する仕事も増えているフルタイムの手モデル、アシュリー・コビングトンも大いに期待する。「新しい携帯やコンピューター、ビデオゲームが出れば出るほど、仕事はどんどん増える」
手モデルは、全身モデルよりギャラは安いが匿名性を守れる利点もある。顔を出すタレントと違い、ライバル社の広告を掛け持ちしても構わない。コビングトンも、デルとヒューレット・パッカード両方のパソコン広告に出演した。
泥んこ遊びもしたかった
商売道具である手の保護には細心の注意を払う。ほとんどのモデルは一日中手袋を着け、マニキュアには年間何千ドルという金を掛け、日に30〜40回はローションを付ける。「手のことを第1に考える」と、コビングトンは言う。
指が美しいだけで務まる仕事でもない。重い物も軽々と持っているように見せたり、頬やチーズバーガーをひとなでするだけで消費者の購買意欲をかき立てるような芸を身に付けなくてはならない。
華やかなランウエーを闊歩する仕事ではないが、だからといって高齢化の逆風と無縁なわけでもない。手モデルも30代後半から40代になると、仕事を見つけるのが難しくなってくる。
「私の手は年を取った」と、かつて宝飾大手デビアスの広告で活躍し、大学院の学費を稼ぎ出した39歳のジョディー・ニューマンアルボムは言う。家庭を持つために手モデルを引退した彼女は今、こう振り返る。「(子供と)泥んこ遊びもしたかったから」
[2010年1月13日号掲載]