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ルラ後のブラジル
新大統領で成長は第2ステージへ
BRICsの異端児の実力は
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カリスマ大統領、引き際の美学
世界屈指の経済成長を実現したルラ大統領の最後の野望とは
極貧の家に生まれた少年は、7歳になるまでパンがどんなものか知らなかった。7歳のとき自作農の家族と家財道具一式と共にトラックの荷台に乗り込み、約3000キロの道を揺られ、ブラジル北東部の乾燥した平原地帯からサンパウロのスラム街に移り住んだ。
5年生で学校には行かなくなった。街角で靴を磨き、14歳から工場で働いて、自動車工場の深夜勤務中に旋盤で指を1本失った。
労働組合に参加し、やがて国際的に名の知れた組合指導者となった。当時のブラジルは軍事独裁政権下でストライキは違法だったが、鉄鋼労働者を率いて産業用の発電所を封鎖した。
その彼が9月23日、ニューヨークで国連総会演説のトップバッターを務めた。勢ぞろいした首脳陣のなかでも一番のスターは、ひげを生やした歯に衣着せぬ元旋盤工――ブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領だろう。
ルラが大統領に就任して7年。平均70%を超える支持率は、大統領が使い捨てにされる南米大陸ではもちろん、世界的にも目覚ましい数字だ。バラク・オバマ米大統領は4月にロンドンで開かれたG20首脳会議(金融サミット)で、ルラに「世界で最も人気のある政治家」と呼び掛けた。
これほどの称賛は、金融崩壊後の世界で富と権力がどのように移動しているかを物語る。ルラが率いるブラジルは昨今の経済危機に際して、世界一と言えるほどうまく持ちこたえている。銀行は1行も破綻せず、インフレ率は低く、経済は再び成長に転じている。
「ブラジルは(世界で)最後に不景気に陥り、最初に抜け出すと私が言ったとき、人々は信用しなかった」と、ルラは本誌の単独インタビューで語った。「でもあと少し、12月までだ。年内に100万人の雇用を創出する」
言葉どおりに受け取るわけにはいかない。100万人の雇用は、ブラジルが08年10月から失った雇用を回復させるにすぎないのだ。
それでも大半の国に比べて、ブラジルはかなり順調に見える。BRICsで並び称されるロシアをしのぐ勢いで世界経済の復活を先導し、インドと中国にも肩を並べる。「『B』は語調がいいから追加した」と言われたのも昔の話だ。
しかし目下の懸念は、大統領としての実績の大半が無駄になるかもしれないこと。2期目の任期は11
年1月1日まで。彼が後継者として推すディルマ・ルセフ官房長官は知名度がほとんどなく、最近の世論調査では対立候補に大きく差をつけられている。
世界を変えることがブラジルの使命
そこでルラは来年の大統領選を見据え、絶大なカリスマ性を武器にするのではなく、03年の大統領就任時に反対派が恐れたことを始めている。経済に対する政府の管理を強化し、有力な支持者の横領が発覚しても追及せず、カネをばらまいているのだ。
最低賃金を繰り返し引き上げ(03年から67%増え、物価上昇のペースを40%近く上回る)、年金支給額など国民への財政支出を増やしている。「固定された支出と公約した予算という負の遺産を残しかねない」と、マイルソン・ノブレガ元財務相は警鐘を鳴らす。
ルラについて変わらない真実があるとしたら、変化を恐れないことだ。30年前の荒々しい組合活動家の面影は少しもない。80〜90年代に声がかれるまで貧しい人々と労働者のために戦った政治家とも別人のようだ。
ブラジルの貧困を改善するために喜んで働きたいと権力の座に就いた大統領は今、世界を変えることがブラジルの使命だと確信している。「ブラジルは堅固な民主主義がある国だ。経済危機に立ち向かう手本を示してきた」
とはいえ、より深い内面は変わっていない。仲間の鉄鋼労働者を感動させた、ざらつくような深い低音の声は健在だ。立ち居振る舞いも服装も洗練されたが、「デスクで過ごす時間が長過ぎるとそわそわしだす」と、ジルベルト・カルバリョ大統領首席補佐官は言う。
憲法を改正して3期目も続投することは自ら拒否している。「人気は血圧のようなものだ」と、ルラは言う。「高いときもあれば低いときもある。肝心なのはコントロールすることだ」
これは苦労して身に付けてきた術でもある。89年から大統領に立候補すること3回。90年代後半には政界からの引退も考えた。
しかし彼はもっと大胆な行動に出た。自分を改造したのだ。こぶしを振り上げるような演説をやめ、スーツに身を包み、演説のコーチとマーケティングの専門家を雇った。それ以上に重要なのは、左派路線を和らげたことだ。
転機は02年6月に訪れた。大統領選を前に経済が悪化するなか、ルラは「ブラジル国民への手紙」を発表。契約を尊重し、国の借金を完済して、IMF(国際通貨基金)の要求を受け入れ、基本的に市場のルールに従うと約束した。
政治生命を賭けたギャンブルだった。所属する労働党のタカ派からは、銀行家と資本主義の日和見主義者に屈する裏切り者と非難された。一方で、企業は「新しい」ルラは信頼できるのかと警戒し、投資家も盛り上がらなかった。