コラム

幼稚園は「能力」を育てる場所なのか 2018年度改訂「幼稚園教育要領」への疑問

2016年06月02日(木)17時30分

新たな幼稚園教育要領に盛り込まれる「能力」とは何か ziggy_mars-iStock.

 オバマ大統領の広島訪問や消費税増税再延期についての議論が盛んな中、5月31日の朝日新聞に小さく載った記事に驚いた。文部科学省が、2018年度に新しくする「幼稚園教育要領」から、「教育内容」だけではなく幼稚園児の「能力」についての目標を盛り込む方針を固めたという。

 文科省の諮問機関である中央教育審議会で示されたもので、現時点では「自立心」「協同性」「道徳性・規範意識の芽生え」などの10項目が候補として挙げられており、10項目の詳細を補足する計46の小項目の中には「日本の国旗や国際理解への意識や思いが芽生えるようになる」などの記載もある。幼稚園児に向かって「日本の国旗」への「思いが芽生える」との字面は、なんとも唐突に思えるが、実は現在の幼稚園教育要領に、既に近しい記載がある。「第2章 ねらい及び内容」の「環境」の項目にある、「(11) 幼稚園内外の行事において国旗に親しむ」だ。

 先述した通り、これまでの幼稚園教育要領には「教育内容」が示されてきた。その方針を総則「第1 幼稚園教育の基本」から拾えば、「1 幼児の主体的な活動を促し、幼児期にふさわしい生活が展開されるようにする」「2 幼児の自発的な活動としての遊びは、心身の調和のとれた発達の基礎を培う」「3 幼児の発達は、心身の諸側面が相互に関連し合い、多様な経過をたどって成し遂げられていくものであること、また、幼児の生活経験がそれぞれ異なることなどを考慮して、幼児一人一人の特性に応じ、発達の課題に即した指導を行う」(それぞれ抜粋)とある。つまりこれらは教育する側に向けた内容であり、幼稚園児に対して「かくあるべし」と促すものではない。それぞれ異なる特性に応じて指導する、との前提があった。

 しかし、新たな「幼稚園教育要領」では、幼稚園児に対して身につけて欲しい「能力」が盛り込まれることになる。何がしかの強制性を持つわけではないのだから、わざわざ騒ぎ立てるまでもないだろう、と言われそうだが、昨年3月に学校教育法の施行規則が改正され、道徳が「特別の教科」に格上げ、小学校で2018年度、中学校で19年度からの教科化が見込まれている以上、それと同じタイミングで新しくなる要領にどう波及するのかは問われるべきだろう。

 10項目は現段階では案に過ぎない。では、ここにいたるまで、どのような討議が行なわれてきたのか。中央教育審議会の「初等中等教育分科会 教育課程部会 幼児教育部会」の討議で使用されている各種資料を引っ張り出してみよう(文科省のサイトからダウンロードできる)。「幼児教育において育成すべき資質・能力」に、その10項目が揃っている。

「健康な心と体」「自立心」「協同性」「道徳性・規範意識の芽生え」「社会生活との関わり」「思考力の芽生え」「自然との関わり・生命尊重」「数量・図形、文字等への関心・感覚」「言葉による伝え合い」「豊かな感性と表現」の10項目。ひっくるめて、これを「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」と銘打っている。とっても露骨な表現だ。

プロフィール

武田砂鉄

<Twitter:@takedasatetsu>
1982年生まれ。ライター。大学卒業後、出版社の書籍編集を経てフリーに。「cakes」「CINRA.NET」「SPA!」等多数の媒体で連載を持つ。その他、雑誌・ウェブ媒体への寄稿も多数。著書『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。新著に『芸能人寛容論:テレビの中のわだかまり』(青弓社刊)。(公式サイト:http://www.t-satetsu.com/

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story