コラム

私は写真家、「女性写真家」と呼ばれるのも好きじゃない、と彼女は言った

2019年05月25日(土)20時05分

ラエの優れた点は、作品の根底に流れる大きな魅力として、そうした女性と社会との関係、女性写真家と社会との関係を逆手に取って、男性ではまず嗅ぎつけることができない、あるいはつい見逃しがちなものを昇華しようとしていることだ。

事実、「カメラ(写真および映像の意)を通して、女性とは何なのかを探究していきたい」と、ラエは語る。筆者自身も、こうした意味合いから意図的にラエを冒頭で女性(写真家)という言葉と共に紹介している。

インド北部のカシミールは、こうしたラエの女性観に対する探究と写真における耽美性、あるいはクリエイティブ性が融合したものだ。

カシミールはヒマラヤの麓の楽園、あるいは絶世の避暑地として知られるが、同時に、インド政府側と住民の大多数を占めるイスラム教徒側の間で激しい紛争が現在も続いている地域だ。そして、その問題はカシミールの外では実質的に忘れられているのが現状である。インドのメディアもそれを正確に報道しておらず、過小評価しようとしていると言われている。それにラエは焦点を当てているのである。とりわけ女性と子供の問題について。

3枚目の写真(上)はその1つだ。学校あるいは神学校の教室で、ブルカと呼ばれる顔まで隠したイスラムの女性徒たちを撮ったものだ。さまざまに解釈できる。単純にカシミールの厳格な女性たちのアイデンティティへの誇り、あるいは逆に本来はそれほど数が多くないはずの原理主義者たちへの抵抗のメッセージ、紛争とこうした原理主義的文化の関係、それを加速させていであろう紛争そのもの、もしくは、これら全てが絡み合った現実......。

ラエ自身は、解釈は見るものに委ねる、という。だが独断と偏見で言えば、1つだけ確実なことがある。この1枚には、どこか別世界、あるいは超自然的な緊張と美しさが混在しているのである。まるでカシミールの美しさと紛争が常にはらんでいる緊張のように。

それが人を惹きつける。そして知らず知らずのうちに、カシミールの問題に、あるいはこの女性徒たちに目を向けさせることになるのである。

Note:冒頭の「ボンベイ」という単語も、ラエ自身に敬意を評して意図的に使用している。よく言われるような英語発音とは関係なく、同地域では北部ヒンズー系をはじめとして多くの人が当初からその単語をその語音で使用していたからだ。同時に、「ムンバイ」という語音もマハラティ系を中心に当初から使われていた。ちなみに、ヒンズーでもマハラティでもその表記は同じである。

今回紹介したInstagramフォトグラファー:
Avani Rai @avani.rai

20190528cover-200.jpg
※5月28日号(5月21日発売)は「ニュースを読み解く哲学超入門」特集。フーコー×監視社会、アーレント×SNS、ヘーゲル×米中対立、J.S.ミル×移民――。AIもビッグデータも解答不能な難問を、あの哲学者ならこう考える。内田樹、萱野稔人、仲正昌樹、清水真木といった気鋭の専門家が執筆。『武器になる哲学』著者、山口周によるブックガイド「ビジネスに効く新『知の古典』」も収録した。


ニューズウィーク日本版 日本時代劇の挑戦
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月9日号(12月2日発売)は「日本時代劇の挑戦」特集。『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』 ……世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』/岡田准一 ロングインタビュー

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

Q.サカマキ

写真家/ジャーナリスト。
1986年よりニューヨーク在住。80年代は主にアメリカの社会問題を、90年代前半からは精力的に世界各地の紛争地を取材。作品はタイム誌、ニューズウィーク誌を含む各国のメディアやアートギャラリー、美術館で発表され、世界報道写真賞や米海外特派員クラブ「オリヴィエール・リボット賞」など多数の国際的な賞を受賞。コロンビア大学院国際関係学修士修了。写真集に『戦争——WAR DNA』(小学館)、"Tompkins Square Park"(powerHouse Books)など。フォトエージェンシー、リダックス所属。
インスタグラムは@qsakamaki(フォロワー数約9万人)
http://www.qsakamaki.com

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

IMF、日本の財政措置を評価 財政赤字への影響は限

ワールド

プーチン氏が元スパイ暗殺作戦承認、英の調査委が結論

ワールド

プーチン氏、インドを国賓訪問 モディ氏と貿易やエネ

ビジネス

米製造業新規受注、9月は前月比0.2%増 関税影響
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 6
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 7
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 8
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 9
    【トランプ和平案】プーチンに「免罪符」、ウクライ…
  • 10
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 10
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story