コラム

戦争による膨大な死の記憶とどう向き合ったらいいか、8月15日に考える

2019年08月15日(木)17時30分

8月15日が終戦の日となったことで、この日に膨大な戦没者への思いが重なることになった Kim Kyung-Hoon-REUTERS

<日本国内では戦争の犠牲をめぐる対立があるが、それが極端に強まれば将来の不安要素になりかねない>

8月15日には、どうしても重苦しい思いがしてしまいます。何よりも、膨大な死の記憶が蘇る日だからです。この8月15日をもって「終戦記念日」とするのは、実は世界的に見ると一般的ではありません。国際社会としては9月2日に東京湾内船上で終戦協定に署名がされた日が法的な終戦であり、「VJ(日本への勝利)デー」とされます。

ですが、日本ではどうしても8月15日という日付が重いのですが、そこには二重の理由があると思います。一つには、この日をもって日本の陸海軍は戦闘を停止したと同時に、連合国も日本への攻撃を停止した、つまり大規模な殺戮が物理的に停止した、というのは当時を生きた人々には大変な重みがあったからです。

なぜならば、この時点で日本の大都市のほとんどは空襲で破壊し尽くされ、加えて広島と長崎への核攻撃があり、日本列島が戦場と化していました。その状況下でも、軍部は本土決戦を叫び、またソ連も参戦して北海道の半分を奪う構えだったわけです。そんな戦場の中に生きていた当時の日本人には、法的な終戦よりも物理的な戦闘の停止という事実の方が切羽詰った問題だったと理解ができます。

もう一つは偶然にも8月15日「盂蘭盆会(うらぼんえ)」の日が敗戦の日となった、このことが動かしがたい事実となったということです。昔から死者へと思いを寄せる日に、戦争の膨大な死者への思いが重なっていくことになったのです。確かにドイツは5月7日に降伏していますし、それ以前に日本は西太平洋の制海権も、本土の制空権も喪失していましたから、それ以降の死というのは戦死というよりも政治的な犠牲であるとも考えられます。

ですが、歴史が語るように対連合国の終戦工作が難航したのと同時に、日本国内におけるポツダム宣言受諾のプロセスも、困難を極めたのは事実です。そのような中で、最終的には「8月15日」つまり「旧盆」がその日と決められた、その決定はすでに膨大な死を抱えた歴史を生きることへのスタートであったのだと思います。

その8月15日について、考えてみたいことがあります。

それはその追悼のあり方において、対立を緩和できないかという点です。例えば靖国の問題がそうです。民間人を含む戦没者遺族の感情の中には、「靖国に象徴される戦前の日本の体制が起こした戦争で自分の先祖や親族は殺された」という直感的な感情を抱いている人がいます。その一方で、「亡くなった先祖や親族の魂は靖国に存在する」と考える人もいます。

ここには明らかに対立があります。この対立は、多くの場合に次のような対立を含んでいます。「靖国が象徴する体制に殺された」という考え方の延長には「戦没者は戦争の被害者だった」という認識を伴っています。一方で、「戦没者の魂が靖国にいる」という考え方は「戦没者が国を守った」という理解を伴うことが多いようです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米特使がロに助言、和平案巡るトランプ氏対応で 通話

ビジネス

S&P500、来年末7500到達へ AI主導で成長

ビジネス

英、25年度国債発行額引き上げ 過去2番目の規模に

ビジネス

米耐久財受注 9月は0.5%増 コア資本財も大幅な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 7
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 8
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 6
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story