コラム

ワクチンをめぐる「差別」の危険な勘違い

2021年12月22日(水)19時00分

しかし、ワクチンに対して慎重な考え方を持ち、自らの選択でワクチン接種をしていない人に対する扱いの違いはどうだろう?つまり「接種できない人」ではなく「接種したくない人」においては差別より、もっと適当な表現を用いるべきだろう。

そういえば、適当(適切)と適当(テキトー)も紛らわしいよね!

普段は、他人の健康を守るための行動に対するご褒美は「差別」とされない。献血する人は無料でドーナツを食べられるし、漫画も読めるし、占い師に手相を見てもらえたりする。特別扱いかもしれないが、献血しない人に対する「差別」ではない。

国益につながる行動もそう。子育て、教育、地方創生などの分野において特定の行動を勧めるための政府支援金や税優遇はあるが、これも「差別」とは誰もいわない。

黒人射殺と接種者優遇は同じ?

ましてや、「禁煙手当」や「運動不足解消手当」などのように、民間の会社が従業員に特定の行動を促すご褒美的制度も「差別」とされることもない。

妥当な取り扱いの違いに差別という断定的な評価を下すことは、冷静な議論を邪魔し、政策や制度への抵抗を無意味に増やす恐れもあるが、それだけではない。本当の「差別」に対する問題意識が薄れる恐れもある。この現象は「差別インフレ」という。僕は。

在日外国人である僕も周りとの扱いの違いによく気付く。だが、そこで「差別インフレ」の罠に陥らないように、言葉遣いや考え方にかなり気を付けている。例えば、街の不動産屋の窓に「ペット可、子供可、ピアノ可、外国人NG」という張り紙を見たとき、「差別だ!」と決め付ける前に、じっくり考えた。結局やはり「差別だ」という結論に至ったけど。一方、街を歩いていて「おっ、厚切りジェイソンだ!」と指差されたときは、考えたら「差別」ではなかった。挫折だ。

同じように、本当に不当な取り扱いかどうかをしっかり検証せずにワクチン接種関連の制度や行為に「差別」というレッテルを張らないでいただきたい。妥当な区別と本当の「差別」がこんがらがってしまうことには実害も生じ得るから。

たとえば、「ワクチン接種促進キャンペーン」と「警察官が丸腰の黒人を射殺する事件」が同等に受け取られてしまったら、感染対策も警察の改革も遅れてしまうかもしれない。でも実際は接種者・非接種者の区別と人種差別は同じではない。マーチン・ルーサー・キング牧師が「私には夢がある」と言ったとき、「未接種の焼き肉店の店員も1万円をもらえる日がくる」などという理想が念頭にあったわけではないようにね。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ軍事作戦を大幅に拡大、広範囲制圧へ

ワールド

中国軍、東シナ海で実弾射撃訓練 台湾周辺の演習エス

ワールド

今年のドイツ成長率予想0.2%に下方修正、回復は緩

ワールド

米民主上院議員が25時間以上演説、過去最長 トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story