コラム

五輪をIOCから守るためにできる3つのこと

2021年08月24日(火)18時00分

大会予算に上限を!

今回は感染拡大の危険性が大きかったかもしれないが、五輪開催地の市民の最たる不満と言ったらだいたいコストだ。東京五輪の赤字額は最大で2兆7000億円と、エコノミストは試算している。実はこれは五輪歴史家が驚くような数字ではない。ある研究によると1960年以降の全ての五輪が予算オーバーしている。今や「五輪開催は損するもの」という通念は、「手を離した後でも、叫ぶとハンマーがもっと遠くへ飛ぶ」とか「近代五種競技の種目を全部言える人はいない」と並ぶほどの、「オリンピック常識」の一つになっている。

では、招致の段階で予算の上限を決めておいたらどうでしょうか。「いくら出せるのか」ではなく「この予算の中で何ができるのか」を競ってもらうのだ。それもどこの国でもチケット売り上げとスポンサーの協力金などでねん出できるほどのリーズナブルな設定が大事。例えば、インフラなどを除く競技関連だけの予算を30億ドルにしてはいかがでしょうか。感覚が鈍っている今ではかなり安く感じるが、2004年のアテネ五輪はこれぐらいでできたし、普通にいいオリンピックだったよ。快適な予算設定を受けて、北島康介さんは「チョー気持ちいい」と喜んでいたね。

いや、そうではない。アテネは競技関連以外のコストも多くて、当初の予算の倍以上に膨れ上がり、最終的に90億ユーロもの巨費が投じられた。その負担が「ギリシャ危機」の一因だったという説もある。だから、候補地の資金力や集金力も検証しながら、絶対に当初の予算を超えないための措置の導入も必要だろう。その措置というのは、開催費用の1~2割をIOCに負担してもらうことだ。今はIOCが「もっと立派な会場を」とか「もっと新しい競技を」などと注文することから支出が増える。他人のクレジットカードで買い物しているような状態だ。しかし、ツケが必ず回ってくるようにすれば、IOCも開催都市と帳尻を合わせて必死に予算を守るようにするだろう。

本当のアスリートファーストに!

予算の額だけではなく、お金のかけ方も批判の対象となる。特に、オリンピックの主人公であるはずの選手よりも、黒子のはずの「要人」に大金を投じる現状が顰蹙を買っている。例えば、IOCのバッハ会長は五輪期間中にホテルオークラのスイートルームに宿泊した。報道によると、一泊250万円の部屋だ。つまり、ほとんどのオリンピック選手がスポーツ活動で稼ぐ「年収」を上回る金額が、会長の「一泊」のホテル代に費やされているのだ。しかも特別に家具を持ち込み、専属シェフを海外から連れてきたそうだ。選手にも、ホテルオークラの料理長にも失礼な気がする。

また、広島の平和記念公園を訪れたバッハさんに379万円の警備費がかかった。これは結局県と市が負担することになったが、そもそもなんでそこまで厳重な警備が必要なのだろうか?ディスられた料理長はそこまで怒っていないだろう。何から会長を守ろうとしているかわからないが、市民の批判からは守り切れていないのは確かだ。

もう一つよく知られている問題点は開催のタイミング。パンデミックの問題は別にしても、一番蒸し暑い時期にわざわざスポーツの祭典を開くことは、尾身会長の言葉を転用すると「普通ではない」だろう。そのタイミングの理由は有名だ。秋まで待つと、アメリカでは野球のプレーオフとアメフトの開幕、ヨーロッパではサッカーのシーズンにかぶり、視聴者の取り合いになるから、放送局が嫌がるのだ。放送権料がIOCの予算の73%を占めるので、首脳陣としては「お得意さん」の気持ちに答えるのはむしろ「普通」だろう。

しかし、収入の分配においても、開催時期においても、被害者となっているのは選手のみなさん。外から見ても、低賃金で重労働をさせる「やりがい搾取」のイメージは拭えない。これこそ古代ギリシアから伝わったオリンピックの理想からほど遠い。奴隷が殺しあう競技があったのは古代ローマの方だ。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ルペン氏に有罪判決、被選挙権停止で次期大統領選出馬

ビジネス

中国人民銀、アウトライトリバースレポで3月に800

ビジネス

独2月小売売上は予想超えも輸入価格が大幅上昇、消費

ビジネス

日産とルノー、株式の持ち合い義務10%に引き下げ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 5
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 9
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story