コラム

コロナワクチン効果の「ただ乗り問題」にご用心

2021年06月29日(火)18時00分

フリーライダー問題によって日本で必要なワクチン接種率が達成されないおそれもある Rodrigo Reyes Marin/Pool/REUTERS

<欧米の議論では頻出する「フリーライダー問題」は日本ではなぜかあまり聞かれない。でもコロナワクチンの接種を考える上では検討すべき重要課題だ>

先日、友人とある話題について議論しているときのことだ。「これはさまざまな課題の解決を妨げるいわゆる『ただのり問題』だから」と、僕はいつもの偉そうな感じで主張した。すると、友人は「横尾忠則ですか」と、真顔で聞いてくる。 

笑い涙が止まってから、ちょっと考えて気付いた。当然通じると思って使っていたが、日本では「ただ乗り問題」をあまり聞かない。つい癖で日本語訳した僕が悪いかもしれないが、「フリーライダー問題」も横尾先生の知名度には負けるのだろう。すみませんでした。

ただ乗り(フリーライダー)問題というのは経済学が注目する市場の失敗の一つ。一部の人が対価を払いながら、ほかの人が何の貢献もせずに同じ恩恵を受けることだ。小規模な例でいうと、教室のゴミを拾い、机を拭き黒板を消す学生が一人いれば、ほかの学生達は掃除をしなくてもきれいな環境で学べる。彼らはただ乗りしているわけだ。

大規模な話だと、エネルギーシフトを果たし、二酸化炭素(CO2)排出量の制限を実施し、国民の生活を犠牲にするほどに気候変動対策を一生懸命やる国をよそに、違う国が化石燃料をバンバン燃やし続けるならば、それもただ乗りとなる。この状態は運賃を払わずに電車に乗るのと一緒だからフリーライダーという。念のために記しておきますが、いろいろ貢献している忠則さんはただ乗りではない。

ただ乗りが世界を蝕む

この用語は、フワちゃんのテレビ出演回数に劣らぬ高頻度で欧米の議論に登場する表現だ。税金を納めないのは公的サービスのただ乗りだ!保険にも加入せず救急救命室で無料の診察を受けるのは医療制度のただ乗りだ!血も流さず金も出さず、国際秩序の安定に協力しない国は安全保障のただ乗りだ!別居する親のアカウントの利用はネットフリックスのただ乗りだ!と、大小さまざまな案件で使われる。

残念ながら、ただ乗りは、本当はただではない。結局ほかの人がその分も負担することになる。全員が運賃を払わずに電車に乗ることになったら、運営は成り立たない。鉄道会社は破産し、電車は運行できなくなる。

同様に、全員が税金を納めないようになったら、道路も整備されなくなり、事件があっても警察は来なくなる。しばらく資金繰りはなんとかするかもしれないけどね。ピーポ君人形を質屋に流したり。でも、ただ乗りが増えるとシステム全体が長持ちしない。

また落とし穴になるのは、ただ乗りしている人がいると「不公平だ!」と怒る人もいれば、「だったら僕も!」と、運賃を払わなくなる人も増える傾向があることだ。隣のお店が営業の時短要請に応じないなら、こっちも応じない、と。知り合いが海外旅行しているなら、「自分だけ」が環境問題を意識して日光の東武ワールドスクウェアで休暇を済ますことをやめよう、という具合に。TWSも大好きだけどね。

つい最近だと、世界6位の大富豪ウォーレン・バフェットが増加した資産額のわずか0.1%しか連邦所得税を納めていないのに、と普通に納税することをばかばかしく感じているアメリカ人は多い。というのも先日、バフェットは2014年から2018年まで240億ドルもの資産増加を記録しながら、わずか2400万ドルほどしか所得税を納めていないと、非営利メディアのプロパブリカが報じたのだ。僕は酒税だけでもそれぐらい払っている気がする。

さらに、残酷な事実だが、ただ乗りで大きな恩恵を受けている人の分の負担を、恩恵をあまり受けていない人が負うこともある。一番わかりやすいのは地球温暖化だ。化石燃料を燃やして発展してきた上、今も消費社会で莫大な量の温暖化効果ガスを排出しているのは先進国。しかし、CO2排出量を低く抑えられながらも最も気候変動の脅威にさらされているのは途上国なのだ。お金持ちが乗っているフェラーリのカーローンを隣町の貧困者が支払っているような状態だ。

現にキリバスやツバルなど南太平洋の島国は、CO2排出量が先進国の10分の1以下だが、温暖化による海面上昇で水没する危険性が指摘されている。僕の夢の一つは世界の全ての国を訪問することだが、急がないとこれらの国は地図から消えてしまうかもしれない。長々とコラムを書いている場合じゃない!

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

エプスタイン文書、米司法省が30日以内に公開へ

ワールド

ロシア、米国との接触継続 ウクライナ巡る新たな進展

ビジネス

FRB、明確な反対意見ある中で利下げ決定=10月F

ビジネス

米労働省、10月雇用統計発表取りやめ 11月分は1
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、完成した「信じられない」大失敗ヘアにSNS爆笑
  • 4
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 5
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 6
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 7
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 8
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 9
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 10
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 7
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story