コラム

モハメド・アリ、その「第三の顔」を語ろう

2016年06月16日(木)16時30分

Jorge Nunez-REUTERS

<今月亡くなったモハメド・アリの、ボクサーや人権・平和活動家としての顔は知られているが、日本では「話術師」としての一面はあまり知られていない。パックンが言葉の壁を乗り越えて、アリの表現者としての魅力を解説する>

 モハメド・アリが亡くなった日、大きなショックを受けた。そして、周りの人とその悲しみを分かち合おうとしたら、さらに大きなショックを受けた。

 なんと、モハメド・アリを知らない日本人が非常に多かった。

「アントニオ猪木と戦った人?」という友達もいれば「アトランタ五輪で聖火を点火した人」という友達もいる。「ああ、あの震えてた人ね」といった友達もいたが、キミはもう友達じゃない!

「ボクサーとしてだけではなく、人権運動家、反戦運動家として世界の弱者に勇気を与え、進化する時代の象徴となった大ヒーロー」と答えた友達は誰もいなかった。まあ、それは無理もないかもね。

 とにかく、アリに関する情報は浸透していない印象を受けた。亡くなってからアリの話が毎日のようにテレビで取り上げられたおかげで、今は何となくアリのすごさがわかったという人もたくさんいると思う。

 でも、特集された以外にも、すごい面がある。それについて紹介したい。

 アリは12歳で自転車が盗まれたときに、応対してくれた警察官に勧められてボクシングを始めた。18歳のとき、オリンピックで金メダルを獲った。22歳で史上最年少にして世界チャンピオンから王座を奪った。32歳で、4年近くファイトのブランクがあったのに、そして、アスリートとしてのピークは過ぎているはずなのに、王座を奪還した。さらに一旦引退した後、36歳で、史上で唯一となる3回目のタイトル獲得を果たした。今よりもボクシング界の競争が激しい時代に、リストン、フレイジャー、フォアマンと、「史上最強」と呼ばれた王者を次々と倒した、まさに Greatest of All Time だった。

 これらはアリのアスリートとしてのすごさ。日本でもよく知られているよね? 今回はその話じゃない。

 世界チャンピオンになった直後、キリスト教からイスラム教に改宗し、「(本名の)カシアス・クレイは奴隷の名前だ」と、モハメド・アリに改名した。そして、徴兵制度で入隊を命じられ「ベトコンにニガーと呼ばれたことはない」と明言し、自分たちが差別や弾圧を受けている「アメリカ」のためには戦わない、と拒否した。逮捕され、裁判にかけられ、懲役5年の有罪判決を言い渡された。控訴して投獄を免れたものの、タイトルもライセンスも剥奪された。

「親がつけてくれたヨーロッパ系の名前を捨てた!」
「キリストを冒涜した!」
「国を裏切った!」
「異教徒だ!」
「卑怯者だ!」
「反逆者だ!」
と、各方面から非難ごうごうで、元ヒーローが、一転してアメリカ中で嫌われる悪党になったのだ。
 
 やがて時代は変わった。最高裁で、判事が全員一致でアリの主張を認め、有罪判決が退けられた。アリの反戦の姿勢も評価されるようになった。アリが訴え続ける人権運動も進み、体制と強く立ち向かう勇敢な姿が、世界中で数十億人の弱者への励ましとなった。アリはキング牧師と並べられるぐらいの存在になった。スポーツを超えただけではなく、国境をも人種をも世代をも超越した、地球規模の大ヒーローとなった。

 でも、これは社会における影響の話で、人種差別が少なく、中流階級が多い日本でも、なんとなく知られている。今回お話ししたい事はそういうことでもない。

 そろそろ本題に入らないと読者からアッパーカットを食らいそうだから、いくね。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トヨタ、LGエナジーへの電池発注をミシガン工場に移

ワールド

トランプ氏、米ロ協議からの除外巡るウクライナの懸念

ビジネス

自動車関税率は25%程度に、4月2日に詳細公表=ト

ビジネス

海外勢の米国債保有、12月は減少 日本と中国ともに
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 2
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「20歳若返る」日常の習慣
  • 3
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防衛隊」を創設...地球にぶつかる確率は?
  • 4
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 7
    祝賀ムードのロシアも、トランプに「見捨てられた」…
  • 8
    ウクライナの永世中立国化が現実的かつ唯一の和平案だ
  • 9
    1月を最後に「戦場から消えた」北朝鮮兵たち...ロシ…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 2
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だった...スーパーエイジャーに学ぶ「長寿体質」
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    【徹底解説】米国際開発庁(USAID)とは? 設立背景…
  • 7
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 8
    イスラム×パンク──社会派コメディ『絶叫パンクス レ…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 9
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story