コラム

イタリア映画界で異彩を放つ女性監督の新作『墓泥棒と失われた女神』

2024年07月18日(木)18時14分

では、本作に登場するアーサーの仲間たちは、なぜ墓泥棒になったのか。本作には、吟遊詩人が墓泥棒の物語の語り部となる場面が挿入されるが、その歌のなかに「墓を荒らすのは農夫たちの夢をかなえるため/それは貧困から抜け出す切符をみつけること」という詞がある。

さらにもうひとつ、見逃せない繋がりがある。『幸福なラザロ』で街に出た農民たちは、スペイン人の俳優セルジ・ロペスが演じるウルティモという男に頼って生き延びている。それは、アーサーという外国人に頼る墓泥棒たちに繋がり、吟遊詩人が歌う「カネになる仕事が欲しかっただけ/国は何もしてくれやしない/搾取できる者しか守らない」という詞に呼応する。

結局、貧困から抜け出そうとする墓泥棒たちは、ブラックマーケットを仕切るスパルタコなる人物に搾取されていく。

但し、アーサーはそんな墓泥棒たちと一心同体ではない。彼には異なる運命が待ち受ける。そこで確認したいのが、『夏をゆく人々』と本作の繋がりだ。二作品には、エトルリア文明という要素をめぐって似た構造がある。

イタリアを内側と外側の両方から見る

『夏をゆく人々』の主人公である少女ジェルソミーナの一家は、人里離れた土地で養蜂を営んでいる。ドイツ人の厳しい父親と仕事に縛られるジェルソミーナにとって、変化のきっかけになるのは、近くの遺跡で行われていた地方を紹介するテレビ番組の撮影に遭遇することだ。彼女には、エトルリア人に仮装した司会者が女神のように見え、魔法にかかる。そして番組の企画に応募し、島にあるネクロポリスで開かれるコンテストに一家で参加することになる。

そんな物語の展開に、ロルヴァケルならではといえる独自の視点が絡む。ドイツ人の父とイタリア人の母を持つロルヴァケルは、昔のインタビューで、単純にイタリア人とみなされることに違和感を覚えると語っていた。彼女は、イタリア人であると同時に異邦人でもあり、イタリアを内側と外側の両方から見ているところがある。彼女の作品で外国人の人物が際立つのは、そのことと無関係ではない。

『夏をゆく人々』でいえば、父親が預かることにする更生プログラムの対象になっているドイツ人の少年マルティンがそれに当てはまる。彼とジェルソミーナは、言葉を介することなく、関係を構築していく。マルティンは、口をきかず、触れられることを拒むが、鳥がさえずるように口笛を吹くことができる。ジェルソミーナも、生きたミツバチを口から出してみせるように、異能がある。

そして、テレビが生み出す魔法が解けたとき、ジェルソミーナとマルティンは、闇に包まれた遺跡のなかで、時間や社会から切り離されたような世界を共有する。

アーサーとエトルリア人の遺跡の間にあるもの

一方、本作におけるアーサーとエトルリア人の遺跡の間にあるものはもっと複雑だ。彼が遺跡を発見する能力を発揮するのは、失った婚約者ベニアミーナを探し求め、死者の世界に引き寄せられるからのようにも見える。あるいは、ベニアミーナが現れる夢や墓荒らしを通して、生者と死者の世界を行き来しているようにも見える。いずれにしても、埋葬品を見つけ出してしまえば、アーサーも仲間とそれを売りさばき、搾取の図式に取り込まれていく。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

「トランプ口座」は株主経済の始まり、民間拠出拡大に

ビジネス

米11月ISM非製造業指数、52.6とほぼ横ばい 

ワールド

EU、ウクライナ支援で2案提示 ロ凍結資産活用もし

ワールド

トランプ政権、ニューオーリンズで不法移民取り締まり
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 3
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 6
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story