コラム

旧態依然とした社会の腐敗を暴き出すドキュメンタリー『コレクティブ 国家の嘘』

2021年10月01日(金)15時59分

医療や政治の腐敗を暴き出すルーマニア映画『コレクティブ 国家の嘘』

<ブカレストのライブハウスで起きた火災を発端に医療や政治の腐敗を暴き出す注目のドキュメンタリー>

ライブハウスで起こった火災という惨事を発端に医療や政治の腐敗を暴き出すアレクサンダー・ナナウ監督のルーマニア映画『コレクティブ 国家の嘘』は、世界各国の映画祭などで受賞を重ねている注目のドキュメンタリーだ。

2015年10月、ブカレストのライブハウス「コレクティブ」で火災が発生し、27名の死者と180名の負傷者を出す大惨事となったが、悲劇はそれで終わらなかった。一命を取り留めたはずの入院患者がその後の数ヶ月間に複数の病院で次々に死亡し、最終的に死者数が64名まで膨れ上がったからだ。

純粋に観察することを基本とするナナウ監督のスタイルには、インタビューもナレーションもなく、状況をより深く理解するために途中で対象を変え、できるだけ近づき同化していく。

圧力を受けながら真相を究明しようとする記者たちの奮闘

彼はまず、生存者や犠牲者の遺族に寄り添う。彼らは悲嘆にくれるだけでなく、「ヨーロッパ基準で最高の医療を行った」という政府の見解と入院患者が次々に死亡した事実に、割り切れない思いを抱え、手遅れになる前に海外の病院に移送できなかったことを悔やんでいる。

そこで今度は、事件の公式見解に疑問を持つスポーツ紙「ガゼタ・スポルトゥリロル」の編集長カタリン・トロンタンと報道チームを追い始める。内部告発者からのリークで、入院してからの死亡の原因が細菌感染であることを知った彼らは、製薬会社が病院に納めている消毒液が薄められていること、さらに、院内感染に関する報告書が数年前から115回もルーマニア情報庁(SRI)に提出され、大統領、首相、保健相に送られていたことを突き止める。

その結果、市民による抗議行動が全国に広がり、社会民主党政権は退陣を余儀なくされ、怒りを鎮めるために指名された無党派の実務家が、次の選挙までの約1年間政権担うことになる。問題の製薬会社にも捜査のメスが入るが、社長は謎の死を遂げてしまう。

その後も、病院理事長の横領など記者たちの追及はつづくが、ナナウ監督はここで対象を新たに保健相となったヴラド・ヴォイクレスクに切り替える。保健相の信頼を得たナナウ監督は、政府の内部からも状況を掘り下げていく。これまで患者の権利を守る活動をしてきた保健相は、遺族や生存者と面会し、改革に乗り出し、病院理事長の選考基準を見直そうとする。だが、抵抗勢力が動き出し、肺移植に関する彼の政策が国益を損ねているような論調が広がり、批判にさらされる。

旧態依然とした社会が露わになる

本作で、圧力を受けながら真相を究明しようとする記者たちの奮闘は非常にスリリングで、次々と明らかになる事実は衝撃的といえる。内部告発者となった麻酔医カメリア・ロイウが編集部に持ち込む、患部に虫がわいた映像には誰もが愕然とするに違いない。複雑な立場にある新保健相ヴォイクレスクの存在も、状況を異なる角度から照らし出す。

だが、ナナウ監督は対象を変えながら状況を観察しているだけではない。筆者は本作を観ながら、何本かのルーマニアのニューウェーブ作品を思い出していた。そこには明らかに繋がりがある。

ニューウェーブの金字塔といわれるクリスティ・プイウ監督の『ラザレスク氏の最期』(05)では、一人暮らしの60代の元技師ラザレスクが激しい頭痛に襲われ、救急車を呼ぶが、病院をたらい回しにされる。連携が必要とされる医療の現場には様々な反目があり、ラザレスクの病状は悪化し、衰弱していく。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、ガリウムやゲルマニウムの対米輸出禁止措置を停

ワールド

米主要空港で数千便が遅延、欠航増加 政府閉鎖の影響

ビジネス

中国10月PPI下落縮小、CPI上昇に転換 デフレ

ワールド

南アG20サミット、「米政府関係者出席せず」 トラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 8
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 9
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story