オスマン・トルコで起きたアルメニア人虐殺とディアスポラ(離散)の過酷
100万人のアルメニア人が犠牲になったといわれるジェノサイドを背景にしたディアスポラの物語、『消えた声が、その名を呼ぶ』。
1973年生まれのトルコ系ドイツ人であるファティ・アキン監督は、その作品がカンヌ、ヴェネチア、ベルリンの三大国際映画祭で受賞を果たしている異才だ。最新作『消えた声が、その名を呼ぶ』の物語は、1915年のオスマン帝国、マルディンから始まる。妻と双子の娘たちと幸せに暮らしていた鍛冶職人ナザレットは、突然現われた憲兵によって連行され、同胞のアルメニア人の男たちとともに強制労働を課されたあげく、処刑されかける。だが、彼だけが、声を失いながらも奇跡的に生き延びる。虐殺で家族を奪われた喪失感に苛まれる彼は、やがて娘たちが生きていることを知り、どこまでも彼女たちの姿を追い求めていく。
1915年から翌年にかけてオスマン帝国で起こったジェノサイドでは、100万人のアルメニア人が犠牲になったといわれる。但し、この映画は、ジェノサイドそのものを題材にした作品ではない。ジェノサイドを背景にしたディアスポラの物語と見るべきだろう。ディアスポラとは、原住地から世界各地に離散すること、あるいは離散した集団やコミュニティを意味する。ロビン・コーエンの『新版 グローバル・ディアスポラ』では、1915年のジェノサイドから生まれたディアスポラについて以下のように記されている。
「虐殺を生き延びたアルメニア人たちは中近東、特にレバノン、シリア、パレスチナ、イランにまず成立したコミュニティに集まった。そしてさらに遠方、例えばエチオピア、極東、ラテンアメリカ(特にアルゼンチン)、ギリシャ、イタリア、イギリスなどにも相当数が散らばっていった。そうした中でも、アルメニア人ディアスポラの最大でかつうまく組織されたコミュニティの出現を見たのは、フランスとアメリカであった」
九死に一生を得たナザレットは、砂漠を彷徨い、シリアのアレッポにたどり着く。そこで娘たちの生存を知り、シリアやレバノンにある孤児院をしらみつぶしに当たり、キューバ、そしてアメリカへと導かれていく。
この映画では、そんなアルメニア人ディアスポラの過酷な旅が、独自の視点で掘り下げられていく。この作品は、アキンが手がけてきた「愛、死、悪に関する三部作」の最終章になるが、愛と死を扱った『愛より強く』(06)や『そして、私たちは愛に帰る』(08)と悪を扱う新作には、その設定に大きな違いがある。前二作はアキンにとって身近なトルコ系ドイツ人を中心に据えた現代の物語だったが、新作では未知の世界に踏み出している。
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