コラム

中央銀行は馬鹿なのか

2016年05月02日(月)12時22分

 ところで、問題は4月末の日銀の追加緩和見送りである。マイナス金利導入で懲りたはずの投資家達が、政策決定前に株価上昇を期待して株を買いまくった。円を売りまくった。しかし、それは見事に日銀に裏切られ、皮算用は損失として実現した。投機家達の読みと日銀の行動は大きくずれた。サプライズどころか、緩和すらなかった。これはなぜか。やはり中央銀行は馬鹿なのか。それとも市場の方が馬鹿なのか。

日銀が動じていない理由

 市場は利口すぎたのである。市場は、当然、追加緩和はあると考えた。なぜなら、物価上昇が日銀の狙い、物価が下落しているから、これまでの追加緩和と同じく何らかの緩和をするはずだ。しかも、するとなればサプライズを演出するからとてつもないことをするだろう。こういうストーリーを作り上げた。同床異夢の日銀と投機家であるが、日銀は物価下落を抑える、自分たちは株価上昇(同時に円安)をもくろむ、それをつなぐのは大規模な金融緩和、というこれまでのロジックを今回の場面に適用すれば、当然緩和に決まっていると考えた。あるいは、そのストーリーは信じられやすいから、そのポジションを作って、緩和が起きたときに、他の投資家に買わせて売りきろうと考えた。しかし、そうはいかなかった。日銀は物価下落を無視したのである。なぜか。

 ここに利害が一致しなくなった理由の二つ目がある。日銀は、物価自体はどうでもいいのだ。そこを投機家達は誤解していたのである。

 厳密に言うと、日銀は物価下落は懸念している。2%も達成したいと思っている。安定したプラスの低インフレ率を実現したいと思っている。しかし、それは手段であって目的ではない。金融緩和の目的は利下げによる景気刺激なのである。そのために、物価の安定が必要であり、デフレ局面、そしてゼロ金利局面では、プラスのインフレ率が必要なのである。名目金利がゼロより下げられないが、実質金利を下げるためには、インフレ率をプラスにすれば良く、それはデフレ局面では正当化される、だからプラスのインフレ率、あわよくば2%で安定するインフレ率が必要なのである。

 さて、現在、金利はどうなっているか。大幅に下がっているのである。マイナス金利は単なる手段、量的緩和とその意味では一緒だが、単なる短期金利のマイナス、しかも銀行が日銀に預けるごく一部だけをマイナスにするだけである。だから、日銀が金融機関を苦しめている、金利を吸い上げている、という批判は当たらない、と日銀は堂々と批判に反論する。そして、長期金利は驚くほど下がっている。量的緩和というリスクを背負いながら日銀自らがバランスシートを汚して打った政策よりも、長期金利とりわけ超長期金利は大幅に下がっている。これ以上、日銀の金利引き下げによる景気刺激という目的を達成した政策はないのである。

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米四半期定例入札、発行額据え置きを予想 増額時期に

ビジネス

独小売売上高指数、12月前月比-1.6% 予想外の

ワールド

トランプ氏の米国版「アイアンドーム」構想、ロシアが

ビジネス

ECB政策金利、春か夏にも中立金利に=フィンランド
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 8
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 9
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 10
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story