コラム

増税があらゆる世代の負担を拡大させる理由

2018年12月21日(金)18時30分

赤字財政政策が将来負担をもたらす経路

それでは、この消費のみで投資のない単純な経済ではなく、海外部門と資本ストックが存在するより一般的な経済を想定しよう。そこでは、上の実例とは異なり、「海外からの借り入れ」と「財政赤字がなければ存在したはずの資本ストックの食い潰し」という二つの経路によって、負担を将来世代に転嫁することが可能になる。

これまでと同様に、大砲や弾薬を製造する戦時費用がすべて赤字国債で賄われたとしよう。しかしここでは、その国債が、国内ではなく海外で消化されるとしよう。

日露戦争(1904-1905)当時の日本は、欧米列強諸国と比較すれば未だ経済的にきわめて弱小であり、その戦費のすべてを自ら賄うことは到底不可能であった。日本はそこで、戦費調達のために、戦時外債の公募を行った。その時に、国の存亡をかけて海外の投資家たちと決死の交渉を行ったのが、当時は日銀副総裁であった高橋是清であった。

このように、海外部門が存在する経済では、国内の資金によってではなく国外の資金によって債務を賄うことが可能になる。そしてその場合には、国民全体の消費を削減して大砲や弾薬を製造するのではなく、その海外資金によって大砲、弾薬、消費財などを輸入することが可能になる。その時、海外の人々は、外債購入のためにその分だけ支出を削減することになるため、経常収支と金融収支は黒字化する。逆に、対外債務によって大砲、弾薬、消費財などを輸入した国の経常収支と金融収支は、必ずその分だけ赤字になる。

つまり、戦時費用が対外債務によって賄われる場合には、現世代は消費の削減という形での負担を免れることができる。しかしながら、その対外債務は、将来のある時点で必ず返済しなければならない。その債務の償還は増税によって行われることになるのだから、将来世代全体の可処分所得は必ずその分だけ減少する。このようにして、財政の負担は現世代から将来世代に転嫁されるのである。

次に、海外部門は存在しないが、資本ストックが存在し、したがって消費だけではなく投資が行われる経済を考えよう。既述のように、消費のみの経済では、将来の大砲や弾薬や消費財をタイムマシーンで現在に持ってくることはできないから、財政負担の将来転嫁は不可能である。しかし、資本ストックが存在する経済は、「資本ストックの食い潰し」という方法によって、将来の財を擬似的に現在に持ってくることが可能となる。

一般に、われわれの所得は常に消費あるいは投資のいずれかに支出される。消費はわれわれに効用をもたらすが、投資は効用を直ちにはもたらさない。しかし、投資は資本ストックとして蓄積され、将来の生産と所得および将来の消費をもたらす。したがって、消費と投資との間の選択は、現在の消費と将来の消費、あるいは現在の効用と将来の効用の間の選択と考えることができる。

ここで、戦時費用がすべて赤字国債で賄われ、その国債がすべて国内で消化されるとしよう。そして、国債購入者たちがすべて、自らの消費ではなく投資を削減してその資金を捻出したとしよう。これは要するに、国債が発行された分だけ民間投資がクラウド・アウトされたことを意味する。その場合には、現世代の消費が削減されることはないが、その代わりに、財政赤字がなければ存在したはずの資本ストックが食い潰され、将来世代の生産と消費がその分だけ削減されることになる。2018年12月10日付拙稿で引用した、「ある世代がのちの世代に負担を転嫁できる主な方法は、その国の資本財のストックをそのときに使ってしまうか、または資本ストックに通常の投資付加分を加えることを怠るのかのいずれかである」という『経済学』(599頁)の命題は、そのことを意味している。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

-日産、11日の取締役会で内田社長の退任案を協議=

ビジネス

デフレ判断指標プラス「明るい兆し」、金融政策日銀に

ビジネス

FRB、夏まで忍耐必要も 米経済に不透明感=アトラ

ワールド

トルコ、ウクライナで平和維持活動なら貢献可能=国防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story