コラム

消費税増税による消費低迷が長引く理由

2018年04月03日(火)14時50分

消費税増税によって永続的に切り下げられた実質賃金

この図はまた、ほとんど指摘されることのない、一つの恐るべき事実を示している。少なくともこの間に行われた2回の消費税増税に関する限り、そこで生じた大幅な実質賃金の低下が、その後の上昇によって回復されることは結局一度もなかったのである。

日本の消費税率は、橋本龍太郎政権下の1997年4月に3%から5%へ、そして第2次安倍晋三政権下の2014年4月に5%から8%へと引き上げられた。その影響はまず、この図の96年から97-98年、そして2013年から14-15年にかけての消費者物価指数の上振れの中に現れている。実質賃金指数とは名目賃金指数をこの消費者物価指数で割ったものであるから、当然ながら実質賃金指数は同時に大きく下振れしている。

結局のところ、日本の労働者の実質賃金はその後、この増税年の1997年をピークとして、それを上回ることは一度もないままに、傾向的に低下し続けた。それは、2014年の増税も同様であり、それによる実質賃金の低下は、現時点にいたるまで回復されてはいない。

つまり、現在の日本の労働者は、これまでの長期デフレ不況によって実質賃金が低下してきた中で、さらに1997年と2014年の2回の消費税増税による5%もの超過的負担を負い続けているのである。これでは、家計や個人に「消費を増やせ」という方が無理というものであろう。

このように、消費税増税の家計負担が消え去ることなく残ってきたのは、同時期の欧米諸国とは異なり、日本の労働者の名目賃金が切り下げられ続けたことで、その実質賃金が労働生産性の上昇にもかかわらず低下し続けてきたからである。

この図が示しているように、1997年頃までは、バブル崩壊後の景気低迷にもかかわらず、日本の労働者の名目賃金は上昇し続けており、それに伴って実質賃金も上昇していた。しかし、1997年の消費税増税を契機とした経済危機によって、状況は一変した。日本経済はその後、物価も低下するが、その物価以上に賃金が低下するような長期デフレに突入することになったわけである。

仮に、この時の日本経済が、デフレに陥ることなく、労働者の実質賃金が労働生産性の上昇を反映して上昇するような定型的状況を維持できていたならば、2%とか3%程度の消費税増税によって一時的に実質賃金が低下したとしても、その影響はその後の実質賃金上昇によって1年か2年の間には打ち消されていたであろう。実際、欧州諸国では、実質賃金が趨勢的に上昇し続けているため、消費税(付加価値税)増税が行われた場合でも、その負の影響は日本の場合ほどは長引いてはいない。

そのことは、実は日本の場合についても当てはまる。日本の消費税は、1989年4年に竹下登政権によって、3%という税率から開始された。当時の日本経済は、まさしくバブル経済のピークであり、労働者の名目賃金は上昇し続けていた。そして、資産価格が大きく上昇しつつも、インフレ率自体は低く抑えられていたため、消費税増税分を除けば、実質賃金もまた大きく上昇していた。1988年から増税年の89年にかけての日本の名目賃金上昇率は4.7%であり、実質賃金上昇率は1.8%であった。3%の消費税増税にもかかわらず、実質賃金は1年を通じてみると低下するどころか上昇していたのである。この時の消費税増税の影響がきわめて軽微であったのも当然である。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

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