コラム

アベノミクスが雇用改善に寄与した根拠

2017年10月13日(金)16時30分

アベノミクスの恩恵を最も受けた若年層

このようなアベノミクスによる雇用状況改善の恩恵を第一に受けたのは、それまでのデフレ不況の中で最も虐げられてきた若年世代であった。その最も顕著な現れは、新卒労働市場における雇用拡大である。

就職希望者に対する就職者の比率である就職率は、2016年4月時点で、大卒で97.6%、高卒で98%となった。これは、調査が開始された1997年以降の最高値である。2011年4月の就職率が過去最低であり、その頃は多くの新卒者が内定を得られずに卒業の持ち越しを与儀なくされていたことを考えれば、まったくの様変わりといってよいであろう。第2次安倍政権に対する支持率が一般に若年層ほど高いのも、このことが背景にあると考えられる。

このようなアベノミクス期の雇用改善に関しては、「失業率の低下といっても低賃金の非正規雇用が増えたにすぎない」といった批判がしばしばなされてきた。確かに、就業者に占める正規雇用の比率は、2015年頃までは依然として低下し続けていた。しかし、2016年以降は、それは明らかにトレンドとして上昇し始めている。新卒労働市場における雇用のほとんどは正規雇用と考えられるから、それは新卒就職率の上昇という上のデータとも整合的である。

より注目すべきは、非正規就業者が数としては増加する中でも、「正規の職員・従業員の仕事がないから」という理由で非正規就業に甘んじている、いわゆる不本意非正規就業者は、数的にも割合としても一貫して減少してきたという事実である。それについては残念ながら2013年以降のデータしか存在しないので、アベノミクス期以前との比較はできない(表2)。とはいえ、少なくともアベノミクス期に不本意非正規就業者が着実に減少してきたことは、ここから明らかである。

表2:不本意非正規就業者の総数と非正規就業者中での割合(2013年〜2016年)
noguchi1013b.jpg

いうまでもないことであるが、非正規雇用だからといって、それ自体が問題であるわけではない。主婦のパートや学生のアルバイトがそうであるように、自分の都合のよい時間に働きたいとか、家事、育児、介護、勉学等と両立しやすいなどの理由から、自発的に正規ではなく非正規就業が選択されている場合、そのことを問題視すべき理由はまったくない。非正規雇用に問題があるとすれば、それは基本的に、正規就業を望みながらもそれが実現できない場合に限られる。そして、そのような不本意非正規就業者は、このアベノミクス期に、確実に縮小し続けてきたのである。

大きかった円高の是正

このように、アベノミクスは日本経済の雇用状況を、きわめて非連続的な形で改善させた。そのような突発的な変化をもたらした最大の要因を挙げるとすれば、それはおそらく円高の是正である。民主党政権期には一時は1ドル76円台まで進んでいた為替レートのドル安円高が、アベノミクスの「第1の矢」としての黒田日銀による異次元金融緩和政策によって転換され、その後は1ドル110円程度を中心に変動するようになった。これによって、それまで生きるか死ぬかの瀬戸際にあった輸出産業や輸入競争産業の多くが、大きく息を吹き返したのである。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ダウ・S&P日中最高値更新、トランプ氏の財務長官指

ビジネス

S&P500の25年見通し6600に引き上げ=バー

ワールド

イスラエル、ヒズボラ停戦承認巡り26日閣議 合意間

ワールド

独社民党、ショルツ氏を首相候補指名 全会一致で決定
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:老けない食べ方の科学
特集:老けない食べ方の科学
2024年12月 3日号(11/26発売)

脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす──最新研究に学ぶ「最強の食事法」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳からでも間に合う【最新研究】
  • 3
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 4
    テイラー・スウィフトの脚は、なぜあんなに光ってい…
  • 5
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 6
    「典型的なママ脳だね」 ズボンを穿き忘れたまま外出…
  • 7
    日本株は次の「起爆剤」8兆円の行方に関心...エヌビ…
  • 8
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 9
    またトランプへの過小評価...アメリカ世論調査の解け…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 9
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 10
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story