トランプで世界経済はどうなるのか
トランプの経済政策に対する「認識の欠落」
一つ確実に言えるのは、マーケットはそもそも、トランプが選挙戦の中で明らかにしていた経済政策の内容それ自体については、たいした興味も関心も持っていなかったということである。もちろん、トランプが移民や貿易の拡大に対して反感を持つ「反グローバリズム」指向の人物であることは、メディアが取り上げる彼のさまざまな発言から明らかではあった。逆に言えば、トランプの経済観なるものについて、一般の人々が多少とも認識していたのは、ほぼそれだけであった。そして、その「認識の欠落」は、マーケットでも大同小異であったと考えられる。というのは、もしそうでなければ、トランプの勝利後に、株式市場や為替市場であれほどの右往左往が生じるはずもなかったからである。
マーケットがトランプの経済政策についてほとんど無知だったことは、事前にはクリントンの勝利が確実視されており、トランプといえば「暴言とスキャンダルで注目されて何とか共和党大統領候補にまではたどり着いたが、最終的には負けることが明らか」というのが一般的な評価であった事実を考えれば、やむを得ない点もある。市場関係者にとっては、負け犬に決まっている奇矯な人物が掲げる経済政策をどれだけ仔細に吟味したところで、時間の無駄以外の何物でもないからである。
しかし、大方の予想とは裏腹に、勝ったのはこの騒々しい人物の方であった。市場関係者たちは、その時になって始めて、トランプがどのような経済政策を掲げて大統領選挙を戦っていたのかに、改めて目を向けざるを得なくなった。そしてその結果、うわべとは異なるその本質を思い知るに至った。その改訂された認識は、またたく間に市場に織り込まれていった。こうして、トランプの勝利ショックによる市場のリスクオフは、わずか1日で反転することになったのである。
共和党の伝統的経済政策とは異質なトランプノミクス
トランプ勝利の翌日から、マーケットは一転して、株高、円安ドル高、債券安という、いわゆるリスクオンの流れとなった。それは、トランプの経済政策すなわちトランプノミクスの具体的な内容を吟味してみると、反グローバリズムというそれまでの漠然とした印象とは異なり、むしろマーケットにとっては望ましい、経済成長指向のものであることが明らかとなったからである。
これは大統領選挙中にも指摘されてきたことではあるが、トランプの経済観は、政府を拒否し市場を神聖視するような、共和党伝統の「市場原理主義」的なそれとは大きく異なる。トランプが勝った背景としてしばしば指摘されるのは、この20〜30年の間に拡大してきた、アメリカの所得格差である。しかし、共和党の伝統的な観念では、悪いのは格差そのものではなく、「格差是正を口実に政府が経済に介入すること」の方だったのである。共和党は実際、バラク・オバマ民主党政権が実行しようとした政府主導の経済政策、例えばケインズ主義的な景気刺激策やオバマ・ケアと呼ばれた医療保険制度改革に対して、草の根保守主義勢力「ティーパーティー」を後ろ盾に、執拗な抵抗を続けてきた。
トランプの経済政策の主軸は、減税と公共投資である。これらは、共和党というよりはむしろ民主党に近いような、旧ケインズ主義的な景気刺激策である。とりわけ、公共投資の拡大政策は、「財政の崖」という強制歳出削減のリスクも厭わずにオバマの財政政策を妨害してきた共和党主流派からは、まったく提起されるはずもなかったものである。
他方で、1980年代のレーガン減税や2000年代のブッシュ減税が示しているように、減税それ自体は、「小さな政府」を標榜する共和党の伝統的な政策である。しかし、その主要な手段は、富裕層に対する所得税減税であった。そしてその目的は、景気刺激というよりは、市場主義的理念に基づく「政府による所得再分配政策の否定」であった。
それに対して、トランプが掲げる減税政策は、共和党伝統の所得税減税も含まれてはいるものの、法人税減税の方により大きな力点が置かれている。その目的はおそらく、「空洞化」が叫ばれて久しい製造業生産拠点の国内回帰促進にある。
これらを全体として判断すれば、トランプノミクスの本質は、「市場を重視し政府を排除する」という共和党の伝統的経済イデオロギーとは異質の、「政府の力をも活用した経済成長重視路線」と位置付けることができよう。
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