最新記事
シリーズ日本再発見

カレーと中華はなぜ「エスニック」ではないのか?...日本における「エスニック料理」への違和感

2023年11月03日(金)10時15分
四方田犬彦(比較文学者)

日本語で「エスニック料理」といったとき、人が一般的に思い浮かべるのは東南アジアの料理のことだろう。

だが戦前に日本にもたらされ、すっかり日本化した感のあるインド料理(カレー)や中国料理(チャーハンやラーメン)をわざわざ「エスニック料理」といい直す人はいない。

前節で述べた分類に従ってみるならば、それは(D)から(B)を経由して、すでに(A)の領域に移ってしまった食べ物であり、日本人はもはやいかなる他者性もそこに認めようとはしない。カレーやラーメンはすでに日本人の食のアイデンティティを根拠づける料理と化しているのだ。


(A)「われわれ」の文化的伝統のなかで問題なく認知され、いささかも他者性を感じさせないもの。つまり「われわれ」がごく普通の日常生活のなかで受容している食べ物。

(B)「われわれ」の本来の食文化ではなく、その意味で他者ではあるが、それなりに「われわれ」が認知し、口にすることを受け容れるようになった食べ物。あるいはその軽減された他者性の操作を通して、流行の食という地位に一度は就いたような食べ物。

(C)「われわれ」の食文化のなかで受容されてはきたものの、突然に実験的に変容し、従来の枠組みを破って、見知らぬ味の側へと飛び出していったもの。

(D)「われわれ」からはるかに遠い場所にあって文化的にも社会的にも充分認知されてはいるものの、その他者性のあまりの強烈さによって、「われわれ」がそれを食物の範疇として理解することが難しく、しばしば道徳的な非難すら口にしてしまうようなもの。

ではペルシャや中近東、アフリカの料理はどうだろうか。欧米諸国と比べてこうした国々の料理が知られていないのは、簡単な理由からである。

ひとえに日本が帝国主義国家として植民地支配をしてこなかったからだ。逆にいうならば、「エスニック料理」の起源であるといわれる東南アジア諸国とは、かつて大日本帝国が「大東亜共栄圏」の名のもとに軍事的支配を行なった、虚構の共同体に重なり合っている。

だが、料理について職業的に語る者たちがそれを指摘したことは、わたしの知るかぎりほとんどない。


四方田犬彦(よもた・いぬひこ)
1953年、大阪箕面に生まれる。東京大学で宗教学を、同大学院で比較文学を学ぶ。長らく明治学院大学教授として映画学を講じ、コロンビア大学、ボローニャ大学、テルアヴィヴ大学、清華大学、中央大学(ソウル)などで客員教授・客員研究員を歴任。



サレ・エ・ぺぺ 塩と胡椒
 四方田犬彦[著]
 工作舎[刊]

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

ニューズウィーク日本版 教養としてのBL入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月23日号(12月16日発売)は「教養としてのBL入門」特集。実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気の歴史と背景をひもとく/日米「男同士の愛」比較/権力と戦う中華BL/まずは入門10作品

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米11月中古住宅販売、0.5%増の413万戸 高金

ワールド

プーチン氏、和平に向けた譲歩否定 「ボールは欧州と

ビジネス

FRB、追加利下げ「緊急性なし」 これまでの緩和で

ワールド

ガザ飢きんは解消も、支援停止なら来春に再び危機=国
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    【独占画像】撃墜リスクを引き受ける次世代ドローン…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中