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コラム
ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
ニュースにならない被災地の記憶
記憶と言うのは、あっという間に風化するものだ。あれほど忘れまいと目に焼き付けてきたはずの光景が、1年が経つ今、既に断片的にしか思い出せない。
取材メモを取り出すことはできる。だが、やめておくことにした。今、記憶として蘇ってくるシーンが、実は心に深く刻まれていることかもしれないからだ。思い出すまま、徒然に――。
宮城県沿岸部を訪れたのは、震災から約2週間後だった。仙台市内のホテルに宿泊するため、仙台に住んでいる友人に「何か東京から持ってきてほしいものはある?」と聞くと、返ってきたのは「酒」という答え。やっぱりな。被災しても、欲しいものはそうそう変わるもんじゃない。そう妙に納得したものだ。
仙台市内はガスが止まっていたため、ホテルにはお湯も暖房もなかった。夜は寒くて眠れなかった。避難所はどんなに寒いだろう、と思った。朝ロビーに行くと、「朝食、こんなものしか用意できず申し訳ありませんが」と案内された。具なし味噌汁と、野球ボールのような塩むすび。市内のコンビ二では棚が空っぽで、スターバックスに「しばらく休業します」と書かれた紙が貼られていた頃のことだ。ホテルの方の気遣いが嬉しかった。
タクシーで沿岸部に向かった日は、快晴だった。青空が広がる被災地は、とてつもなく悲しかった。すべてが嘘のようだった。
どこから取材すべきか、情報収集のために名取市役所に向かった。市役所内には、「行方不明者の伝言板」が設置されていた。「探してます!」「お願いだから連絡ください」といったメッセージが重なり合うようにして貼られていた。個人情報など一切お構いなしで、手書きの電話番号がいくつもあった。子供たちの写真もあった。
取材のため、避難所を転々とした。避難している若い女性たちは、みんなマスクをつけていた。眉毛がなかった。「化粧水とか、どうしてるんですか?」とおそるおそる聞くと、流れてきた試供品を使っているという。まだ化粧品=「嗜好品」という意識が働き、支援物資などでも遠慮されていたときだ。だが、被災者に「あったら嬉しいか」と聞くと、そう聞いてくれるのを待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべた。
肉親が見つかっていないという被災者を相手に、淡々と取材をこなした。不思議と、目の前で起きていることがリアルに感じられなかった。心が凍りついたまま、耳だけで聞いているような感覚だった。心で聞いたら自分も崩れてしまうから、無意識的にそうしているのか。それとも、自分には本当に心がないのか。自問自答しながら、怖くなった。
ホテルに戻って、原稿を書こうと独りパソコンに向かった。テレビでは、「音楽で被災地にエールを」という趣旨の歌番組をやっていた。何の歌かは忘れてしまったが、聴いた途端にぶわーっと涙が噴き出してきた。「今まで涙が出なかったのに、このタイミング? ふつう歌番組で泣くか?」と思いながらも、泣いていた。少なくとも、五感は凍っていなかったということなのだろう。
感情が抑えられなくなって、どうにかしようと東京にいる妹に電話してみたものの、何も伝えることができなかった。ただ、その日に取材した被災者の顔が、いくつもいくつも浮かんでは消えた。忘れてはいけない――そう思った。
先月、被災地での取材から帰ってきて、上司にはこう報告した。「被災地は、まったく復興していませんでした。変わっていませんでした」。
だが、それは間違っていた。たしかに今も復興はしていないし、残念ながら復興への道筋も見えない。それでも、あの日に比べれば、被災地は確実に変わった。瓦礫が片付けられ、避難所から仮設住宅に移り、少しずつでも笑顔が戻った人もいる。風化する記憶をたどれば、小さな一歩にでも、少しの希望を見ることができるのかもしれない。
――編集部・小暮聡子
追記:非被災者の記憶が薄れていくのとは裏腹に、被災地ではむしろ3月11日の記憶が日増しに鮮明になり、心に重くのしかかってくるという声を多く聞きました。今週水曜発売の本誌カバー特集は、「3・11大震災、1年後の現実」。日本中で叫ばれる「絆」は本当に被災地を救ったのか、見落とされがちな1年後の現実に迫りました。
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