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コラム
ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
停電になりそうな夜に
ロンドン生まれ、アメリカ在住のインド系女性作家ジュンパ・ラヒリの作品に登場する主人公は、ほとんどが彼女と同じように外国で暮らすインド系の人々。およそかけ離れた人たちの物語なのにのめり込んで読んでしまうのは、誰もが(特に30代前後の男女なら)日常の中で感じる人間関係の危うさや心のすれ違いといったものを、胸がキリキリするようなリアルさで描き出しているからだろう。
短編『停電の夜に』もそんな作品の1つ。初めての子を死産してから、何となく冷たい溝が出来たまま普段どおりの生活を続ける30代の夫婦がいる。あるとき、近隣の電気工事のために数日間、夜間に「計画停電」が行われるという通知が届く。妻の提案で、停電の夜に2人はろうそくを灯してお話をしようということになる。これまで話したことのなかったちょっとした秘密を1つずつ打ち明け合おう、というのだ。暗闇の中で微笑ましい過去の秘密を打ち明けあう数日が過ぎ、互いの知らなかった一面が見えてきて、親密さが増し、こんな夜が続くのも悪くない、夫婦の危機は去った......そう思っていた矢先、妻は最後の日に最大の秘密を打ち明ける。別居したい、実はもう今日、部屋を契約してきた、と。
この作品を思い出したのは、もちろん東日本大震災の影響でここ数日、計画停電やら節電やら突然停電する恐れやらの騒動が続いているから。被災地の方々を思えば首都圏の多少の不便など口にするまでもないが、それでも生活が激変したのは事実だ。オフィスの廊下は真っ暗、暖房は切ってあるから上着を着込んで仕事をしている。突然電源が消える可能性があるから、パソコンのデータは数十分おきに保存する。深夜営業のスーパーは夕方で店を閉め、皆が早めに仕事を切り上げて家路を急ぐから運行本数を減らした電車はありえないような時間にラッシュになっている。
そして驚くのが、意外とこんな生活も出来るではないか、ということ。オフィスや店舗の明かりが薄暗くて室温が低くても、やっていける。夜型の都市生活が機能しなくなっても、思っていたほど困らない。家でも外でも、誰もがごく当たり前に節電している。多少の不便をカバーするように、皆が声をかけたり協力し合ったりしている。
そして、今までこれが出来なかったという事実に愕然とする。いったいこれまでの省エネって何だったんだろう? どこかで他人事だと思っていなかった? 必要のない時間に必要のない物を消費し、必要のないことをしていたのでは?
停電の夜(と停電になりそうな夜)には、明るい電灯の下では見えなかったものがいろいろと見えてくる。それに気付くのが、手遅れではなかったと思いたい。
――編集部・高木由美子
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