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ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
「天安門」から遠く離れて
北方に住む中国人にとって一番身近な「お茶」は、ウーロン茶でも鉄観音茶でもなく、茉莉花(モーリーホア)茶である。いわゆるジャスミン茶だ。家庭でもレストランでも、食事のときにまず出てくるのは茉莉花茶。日本人にとっての番茶といっていい。
中東革命に触発された「茉莉花革命」が先週末、中国の13都市で呼び掛けられ、あえなく散った。各地で民主化を叫んだ何人かの中国人が当局に拘束され、香港の中国人権民主化運動情報センターによれば、黒竜江省ハルビン市で演説をして捕まった35歳の無職女性には、国家政権転覆罪を適用された。最長で10年の懲役刑がある重罪だ。
それにしても現場の写真や映像、取材者たちの証言を見たり聞いたりする限り、ここから「革命」が始まる気配は感じられなかった。日本の新聞には警官に連行される上海の若者の写真が大きく使われていたが、むしろ目に止まったのは、北京の繁華街である王府井で撮影された1枚の写真だ。
1000人ほどの群衆が呼び掛けられた集合地点の「中心」を取り巻いているが、その「中心」には誰もいない。「中心」の一番近くにいるのはおそらく公安要員とみられる男たちとカメラマン。中国人権民主化運動情報センターによると、この日までに活動家約100人がさまざまな形で拘束あるいは外出制限されていた。この「中心」に入るべき彼らを中国当局が事前に排除した、だから「革命」は不発に終わった――という見方も確かにできる。でも、少なくとも筆者は、彼らがこの中心で民主化を叫び、そこから流れ出した「うねり」があまねく中国全土を覆う様子を、どうしてもイメージできない。
89年の天安門事件の発火点は中国版「グラスノスチ」を進めようとした胡耀邦総書記の死だが、火が燃え広がったのは、少なくとも運動の中心だった学生や都市住民の間に、官僚腐敗やインフレに対する憤りという「共通の素地」があったからだった。不条理を感じる対象も「権力を抱え込んで離さない特権階級たる共産党指導部」でしかなかった。
今回の「中国ジャスミン革命」のきっかけの1つと言われている在米中国語ニュースサイト博訊ネットが「転載」した文章は、次の中国人に集会参加を呼び掛けていた。
◇メラミン混入ミルク事件で自分の赤ん坊を腎臓結石にさせられた父親
◇自宅を強制撤去させられた家族
◇住宅難で狭いアパートに何家族も同居することを余儀なくされている人たち
◇退役軍人、私立学校の教師、早期退職を迫られた銀行員、その他リストラされた人々
◇さまざまな地方政府の不正を中央政府に訴えようと北京に集まる陳情者
◇昨年末に浙江省で起きた「村長謀殺事件」の結末に不満をもつ人々
◇飲酒ひき逃げ事件を起こしながら「オレのパパは李剛!」と警察幹部の父親の名前を使って罪を逃れようとした息子が気に喰わない人たち
◇温家宝首相の「映画スター(偽善者という意味)」ぶりが我慢ならない人々
◇08憲章の署名者
◇法輪功の参加者
◇共産党員
◇民主活動家
◇野次馬
今年の6月で天安門事件から22年になる。この「名簿」を見ていて、22年の間に中国人の怒りの対象はこんなにバラバラになってしまったのか、と愕然とした。もちろん呼び掛け文の筆者は「政治改革を始めよ/一党支配を終わらせよ」と、共産党批判を織り交ぜて入るのだが、それぞれがこれほど違う方向を向き、何より大半の中国人が「明日の正義より今日の暮らし」と感じている状況では、とても「うねり」など起き得ない。
それに、この「名簿」からは中国の主役である農民が抜け落ちている。博訊ネットは今週末に再度集会を呼び掛ける声明を掲載しているが、せいぜい野次馬(と外国メディアと公安要員)が集まるだけだろう。
悪かったのは「番茶革命」というネーミングだけではあるまい。
――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)
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