コラム

クルーグマン、中国に宣戦布告

2010年03月25日(木)11時00分

 長年くすぶってきた米中通貨摩擦が、開戦前夜の様相を呈してきた。米上院では16日、超党派の議員が為替操作で世界の景気回復を妨げる中国に対抗関税をかける法案を提出。24日には下院でも中国の為替政策を巡る公聴会が開かれる。当面の焦点は4月15日に財務省が発表する報告書。ここで中国が「為替操作国」に認定されれば、政府は中国と交渉する義務を負うことになる。

 そんな中、ノーベル賞経済学者でプリンストン大学教授のポール・クルーグマンがニューヨーク・タイムズ紙の連載コラムでぎょっとするような「対中主戦論」をぶち上げた。要約すると次のような内容だ。


 中国は人為的に人民元相場を低く固定して世界経済の足を引っ張っている。アメリカはこれまで中国との正面対決は避けて丁重に説得してきたが、もし中国に米国債を売られたとしてもアメリカは大して困らない。だから、心置きなく実力行使に出るべきだ。具体的には、中国製品に25%の対抗関税をかければいい。

 中国が米国債を売ってきた場合でも、FRB(連邦準備銀行)が国債を買うことで金利上昇を抑えることができる。ドルの価値は下落するが、輸出競争力は増すのでアメリカはトクをする。困るのは、保有するドル資産の価値が減ってしまう中国のほうだ。


 かくして中国は偉大なアメリカの前にヒザを屈し人民元を引き上げる、というシナリオだが、すこぶる評判が悪い。英デイリー・テレグラフ紙は「世界を脅かすノーベル賞学者」という見出しを掲げ、あまりに危険な内容なので最初は風刺かと思ったと書いている。米証券ユーロパシフィックキャピタル社長のピーター・シフは、ノーベル賞を剥奪すべきだと怒り、米タフツ大学フレッチャー法律外交大学院教授のダニエル・ドレズナーはクルーグマンがネオコンに成り下がった、と書いた。タイム誌や英エコノミスト誌、モルガン・スタンレー(アジア)のスティーブン・ローチ会長などもこぞって批判した。

 先に要約したクルーグマンの議論は脳天気で、素人でも首を傾げたくなるところがある。だが、彼はもともと言いたい放題が信条。米政府で働いているわけでもない。それなのに、ちょっと対中強硬論をぶっただけで西側の「同胞」が大慌てで彼を黙らせようとしたところに、人民元と米国債問題の深刻さが表れている(ひょっとしたら中国政府への気遣いも)。

 たとえばシフは、クルーグマンの提言に従った場合の以下のような終末シナリオを挙げている。


 中国が米国債を買わずに他に投資するようになれば、人民元の価値は急上昇し、中国の物価は下落する。長い間贅沢をお預けにされていた平均的中国人の購買力がついに上昇し、すでに世界最大の人口を誇る中間層の押さえつけられていた消費が爆発する。

 アメリカでは、中国からの借金で支えられてきた消費経済が崩壊する。輸入品を安く買うこともできない。中国でガソリンや食料品が安くなるのと裏腹に、アメリカでは高くなる。


 シフは、中国が(かつての日本のように)輸出で稼いだお金を倹約して米国債を買ってくれているから今のアメリカがあると言っている。この歪みを正すには、人民元相場だけでなくアメリカの借金体質も時間をかけて直していかなければならない、と。だがクルーグマンのような強硬路線だろうとシフのような軟着陸路線だろうと、このままでは米中逆転は避けられないというのが多くの専門家の本音なのではないか。だから解決策を見つけるまで、そっとしておいて欲しいのに違いない。

 中国は、時がくれば放っておいても人民元を切り上げる。それは長い目で見た米中主役交代の始まりかもしれない。日本が失敗した内需拡大にも成功し、アメリカに代わって世界中からモノを買うようになる日が目に浮かぶようだ。

──千葉香代子

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英消費者信頼感指数、4月は23年11月以来の低水準

ビジネス

3月ショッピングセンター売上高は前年比2.8%増=

ワールド

ブラジル中銀理事ら、5月の利上げ幅「未定」発言相次

ビジネス

米国向けiPhone生産、来年にも中国からインドへ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考えるのはなぜか
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 6
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 7
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 8
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    欧州をなじった口でインドを絶賛...バンスの頭には中…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story