コラム

「マグロ漁禁止」世論に火を点けたドキュメンタリー

2010年03月12日(金)11時00分

 中東のドーハで13日から開かれるワシントン条約の締結国会議で、大西洋と地中海で取れるクロマグロ(本マグロ)の国際取引を禁止する提案が議論される。環境問題に熱心なモナコが昨年秋から取りまとめに動いていたもので、3月に入ってアメリカ、EU(欧州連合)が提案への支持を表明した。

 絶滅のおそれがあるとされているクロマグロは、日本が約8割を消費しているが実際に地中海でクロマグロ漁や養殖にあたっているのはほとんどがフランス、イタリア、スペインといった地元漁業国。当初これらの国々はモナコの提案に難色を示していたが、今年に入って次々に支持に回った。

 東京MXテレビでコメンテーターをしているベルギー人ハーフのパスカルさんによると、ヨーロッパの漁業国がモナコ提案の支持に回ったのは、昨年から「クロマグロを守れ」というヨーロッパの世論の盛り上がりがあったため。そしてこの世論に火を点けたのが、イギリスが製作したあるドキュメンタリー番組だったという。

『エンド・オブ・ライン(The End of the Line)』というこのドキュメンタリーは、英デイリーテレグラフ紙の元環境問題担当記者チャールズ・クローバーが書いた同名の著書(邦訳『飽食の海 世界からSUSHIが消える日』は岩波書店から06年に発刊)を、映像化したもの。地中海のクロマグロやカナダ・ニューファンドランド島のタラなどを取り上げ、乱獲によって海の生物が絶滅し、このままでは2048年までに海洋資源が枯渇すると警告している。

 昨年1月にアメリカのサンダンス映画祭で上映された後、6月からはアメリカ、イギリスなどで上映され、現在はDVDでも発売されている。デイリーテレグラフは「ドラマチックな音楽と緊張感のある作りはまるで政治宣伝のようだが、環境問題より株主の利益を尊重する巨大資本によって世界の海洋資源が蹂躙されている現状をあばいた説得力のある作品」と評価している。映画の製作サイドも、海洋資源版『不都合な真実』として世論の意識を喚起することを目指している。

 日本ではクロマグロが高級魚として寿司や刺身の材料になっていることもあって、こうしたニュースを聞くと捕鯨論争を連想させ、「また欧米の環境ヒステリーか」と被害者意識に陥りたくもなる。しかしクロマグロの漁獲を管理する大西洋まぐろ類国際保存委員会(ICCAT)に対しては管理がずさんだという批判が海洋学者や環境団体から出ている他、価格高騰を背景にして漁獲割り当てを超えた乱獲が横行しているという指摘もある。実際にクロマグロの個体数は激減しているのだから、消費国の日本も「知らんぷり」はできない。

 日本政府はドーハの会議で禁止が決まってもその決定には従わない「留保」の姿勢を取る方針だというが、決定の背景にある欧米諸国の世論を考慮すれば、むしろ国際的なクロマグロの漁獲割り当てや資源管理にもっと積極的に関与する姿勢を見せたほうが得策なのではないだろうか。

――編集部・知久敏之

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story