コラム

元イラン国営通信記者、東京の闘い

2010年03月07日(日)11時00分

「核より民主化を!」「ハメネイもアハマディネジャドも独裁者はみんな出て行け!」

 先週の金曜日、在日イラン人20人余りが日本プレスセンタービル前で抗議の声を上げた。来日中のアリ・ラリジャニ国会議長の記者会見にあわせたものだったが、この抗議活動の情報が耳に入ったからなのか、議長は直前になって予定をキャンセル、大使館内での会見に切りかえた。

 それでも在日イラン人たちは雨の中、叫び続けた。偵察に来ていると思われる大使館関係者に訴えるために、そしてイラン国内で闘う人々を後押しするために。

 元イラン国営通信・東京特派員のモクタリ・ダビッドさんも、こうした日本からイランの民主化を訴える運動に加わる一人だ。モクタリさんが約15年間勤めたイラン国営通信を辞めたのは08年末。アハマディネジャド政権下で国営通信は体制の道具と化していた。自己検閲が厳しくなり、政府に批判的な記事はすべて不掲載になる。「嘘をばらまく仕事はできない」と退職した。

 現在はフリーとしてイラン国内のネットニュース向けに記事を書きながら、抗議活動や日本語で開設したブログなどで民主化支援を訴える。

 イランで高まる反政府運動は昨年6月の大統領選の不正疑惑に端を発したものだが、モクタリさんは選挙はただのきっかけにすぎず、イスラム革命以来30年間我慢してきた国民の不満が爆発したのだと言う。「(選挙で敗れた改革派の)ムサビもカルビも反政府運動のリーダーではない。むしろ国民一人ひとりが自分で考え行動している運動に2人が引っ張られているかたちだ」

 イラン指導部に「対話路線は通じない」とモクタリさんは言う。「聖職者であって政治家ではない彼らに、譲歩しあうという考えはない。世界はいつか自分たちのものになるというカルト的な考えの人たちとどうやって交渉するのか」。さらに現体制には国益という概念もないと指摘する。「彼らが守りたいのはシーア派の利益。今はイランという国を『箱』として利用しているだけ」

 日本からとはいえ、反体制の声を上げるモクタリさんが、テヘランにいる親族の身を案じないわけではない。それはこの日、集まったほかの在日イラン人も同じ。様子を見に来た大使館員に写真を取られてもいいように、サングラスとマスクで顔を隠す人もいた。

 でもそれは決して弱さではないと私は思う。権力者に抗うときに防衛手段をとるのは当然のこと。むしろ彼らの前に姿を現さなかった議長のほうが弱さを見せたのではないか。同じ理屈で、イラン国内で弾圧が強まるのは、権力も財力も手中に収め強者であるはずの指導部が、一般市民の力を何より恐れている証だ。

──編集部・中村美鈴


このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story