コラム

「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレドニアで非常事態が宣言されたか

2024年05月22日(水)13時50分

フランス政府は過激な独立運動を取り締まる一方、カナックが求める土地改革に部分的に手をつけることで、その不満を和らげようとした。

これに対して、フランス政府以上に “独立” に拒絶反応をみせたのが、ヨーロッパ系を中心とする移住者だった。彼らはフランスの一部であることを望んでいたからだ。

そのため1980年代には独立派だけでなく反独立派の間からも、政敵の暗殺などのテロが頻発することになった。入植者の子孫が独立に断固反対して対立がエスカレートする構図は、やはりフランスの植民地だった北アフリカのアルジェリアなどでも見られたものだ。

独立の賛否を問う住民投票

大きな転機になったのは1998年だった。

この年、フランス政府と独立派、反独立派は自治権の拡大、移住者への参政権付与の制限、そして将来的な独立の賛否を問う住民投票の実施などについて合意したのだ。

このうち一つのポイントになったのが、1998年以降ニューカレドニアに移住した者に参政権を付与しないことだった。

というのは、カナックの間には、ヨーロッパ系を中心とする移住者の増加によって全人口に占める割合が下がり続けることへの警戒があったからだ。

この合意を踏まえて、独立派の要求によって、2018年、2020年、2021年と3回にわたって独立の賛否を問う住民投票が行われたが、いずれも反対多数で否決された。

この投票結果は、カナック以外が人口の多数派を占めるようになった状況で、フランスの一部であることの利益が優先されたためだ。

しかし、2021年の住民投票に関してはコロナ感染が拡大する状況で行われ、独立派が延期を求めているなかで実施されるなど、やや強引な選挙運営も目立った。独立派がボイコットした結果、投票率は41%にとどまったが、それでもフランス政府は住民投票の正当性を強調した。

フランスによる頭越しの方針転換

こうして住民投票のプロセスを通じて緊張が高まっていたのだが、その最後の発火点になったのが1998年合意の見直しだった。

先述のように、カナックの要望を反映して、これまでは1998年以降の移住者には参政権が認められていなかった。ところがフランス議会は5月、「10年以上居住した者」に参政権を認める新たな法律を可決した。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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