コラム

「子どもを誘拐して戦闘に参加させた賠償金」は1人90万円:「悪の陳腐さ」と「正義の空虚さ」

2017年12月21日(木)17時30分

逆に言えば、隔絶された空間で戦闘に明け暮れている人間に、国際的な規範を期待することは困難です。とりわけ、政治的メッセージを発することに関心が薄く、経済的に自活している個人・組織ほど、「外からどのようにみられるか」を顧慮する必要は乏しくなりがちです。実際、今回判決を言い渡されたルバンガ被告も、被害者に賠償する必要はないと主張し続けました。コンゴ愛国者同盟は同国北東部を占拠し、政府軍との戦闘繰り返してきましたが、特定のイデオロギーを流布することより、この地域で豊富に産出される金などの鉱物資源の密輸で利益を確保することを優先させました。同様の組織は、同国には数多く存在します。

すなわち、「子ども兵を利用してはいけない」という規範そのものは重要であったとしても、それを行なっている者ほど、そもそも「外からどのようにみられるか」への意識が薄いのであって、彼らにその規範に自発的に従うことを期待するのは困難といえます。

子どもを戦場に送り出す世界

第3に、規範を普及させたり、違反者に制裁を加えるだけでは、子どもを戦闘に駆り立てる環境を改善するには十分でないことです。

冷戦終結後、開発途上国における反体制的な武装組織やテロ組織には、子ども兵の利用と並行して、グローバルな市場を通じて武器や資金を調達することも目立つようになりました。

例えば、世界で最もポピュラーな自動小銃AK-47の場合、コンゴ民主共和国では10-20ドルで取り引きされています。米中ロをはじめとする各国の兵器メーカーの過剰供給により、市場の原理に基づいて「需要のあるところに供給が発生し」、誰もが容易に武装しやすい状況を生み出しています。これは民間人と戦闘員の区別を曖昧にするだけでなく、子どもでも戦闘に参加できる環境を整えてきたのです。

その一方で、反体制的な武装組織やテロ組織には、活動資金を捻出するため、天然資源、麻薬、象牙、人間の違法輸出で利益をあげ、タックスヘイヴンにフロント企業を構えることも珍しくありません。

つまり、開発途上国の反体制武装組織やテロ組織の活動は、グローバルな市場経済によって支えられているのです。コンゴ愛国者同盟が支配していた同国北東部の鉱物資源は、これを支援するルワンダやウガンダを経由して輸出され、これら近隣諸国も恩恵を受けていました。ただし、その取り引きは鉱物資源を輸入する海外の国があって初めて成り立つものでもあります

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story