コラム

「子どもを誘拐して戦闘に参加させた賠償金」は1人90万円:「悪の陳腐さ」と「正義の空虚さ」

2017年12月21日(木)17時30分

ところが、子ども兵の問題はしばしば国際的に取り上げられ、それに対する制裁などは関心を集めやすいものの、武器や資金の国際的な規制は、遅々として進んでいません。子ども兵を利用する個人・組織の活動そのものを封じ込められなければ、子ども兵の利用を実際に減らすことは困難といえるでしょう。

「陳腐な悪」と「空虚な正義」

1963年、ナチスによるホロコーストの現場責任者だったアドルフ・アイヒマンの裁判がイスラエルで行われました。この裁判を傍聴したユダヤ人哲学者ハンナ・アレントは、その記録を『エルサレムのアイヒマン:悪の陳腐さについての報告』と題して発表。この中でアレントは、稀代の極悪人のイメージで語られがちだったアイヒマンが、ただ上司の命令に忠実な小役人であったことを報告しています

ルバンガの場合、その創設者としてコンゴ愛国者同盟の実権を握っていた以上、組織に従順な中間管理職であったアイヒマンよりは主体性があったかもしれません。しかし、賠償金を支払う必要を認めなかったことにあるように、自らの罪についての意識や第三者的観点からみた思考が乏しいまま、人道にもとる罪を犯した点で、ルバンガはアイヒマンと共通します。

ルバンガ裁判からは、アイヒマン裁判から半世紀以上を経てなお、いわばどこにでもいる普通の人間が、特殊な環境に置かれた途端、その普通の感覚のまま非人道的な行いを平気で行なってしまう「悪の陳腐さ」を見出せるといえるでしょう。程度に差はあれ、これは過労死に至るサービス残業や、納期や効率を安全や法律より優先させることが当たり前となっている会社や組織で、「外の当たり前」とかけ離れた行為が「当たり前」になりがちなことと、基本的には同じといえます。

その一方で、繰り返しになりますが、今回の判決は「子ども兵の利用は許されない」というメッセージを形にしたもので、国際的な規範を普及させるうえで大きな意味があります。ただし、この判決が世界中で用いられている子ども兵を減らす効果には、ほとんど期待できません。つまり、ルバンガ裁判で避けられなかった実効性の乏しいメッセージの発信は、「正義の空虚さ」につながりかねないのです。

その後に事態の改善が続かなければ、個人の責任追及は単なる「特別な極悪人の吊るし上げ」で終わりかねず、それは再び「陳腐な悪」を生む土壌にさえなります。その意味で、今回の判決が「空虚な正義」で終わるか否かは、グローバル市場を通じた武器やタックスヘイブンの取り締まりなど、実際に戦闘が頻発する環境の改善にかかっているといえるでしょう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

商船三井、投資家からのコンタクトは事実=エリオット

ワールド

日米首脳が会談へ、中東情勢が最大の焦点に 経済・防

ワールド

タイのアヌティン首相再選、政治的な安定に期待感

ビジネス

台湾中銀、金利据え置き 成長見通し大幅引き上げ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:イラン革命防衛隊
特集:イラン革命防衛隊
2026年3月24日号(3/17発売)

イスラム神権国家を裏からコントロールする謎の軍隊の歴史と知られざる実力

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 2
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が発生し既に死者も、感染源は「ナイトクラブ」
  • 3
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 4
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 5
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 6
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 7
    モジタバの最高指導者就任は国民への「最大の侮辱」.…
  • 8
    ガソリン価格はどこまで上がるのか? 専門家が語る…
  • 9
    原油高騰よりも米国経済・米株市場の行方を左右する…
  • 10
    観客が撮影...ティモシー・シャラメが「アカデミー賞…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 3
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が発生し既に死者も、感染源は「ナイトクラブ」
  • 4
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 5
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 6
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 7
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 8
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目の…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story