コラム

分配か成長か。そもそも日本の再分配は「逆機能」している

2021年10月26日(火)17時15分
岸田文雄首相

DU XIAOYI-POOL-REUTERS (2)

<日本政府は既に一定程度の所得再分配を行っているが、子育て世帯など低所得層の一部に対して貧困の削減どころか「逆機能」を起こしている。現在は衆院選の真っただ中だが、本質的な問題についての議論はあるか>

岸田文雄氏が日本の新首相に就任した。彼が看板政策として打ち出したのが「新しい資本主義」。新自由主義を見直し、「成長と分配の好循環」を実現するのだと言う。

だが金融所得課税の強化でよろよろしたり、「分配」が先か「成長」が先かとふらふらしたり。党内外からのさまざまなプレッシャーのなかで、彼がどんな社会をどれだけの覚悟で実現するつもりなのか、かなり不透明だ。

大前提として、日本政府は既に一定程度の「分配」をしている。正確に言えば「再分配」だが、日本の問題はその規模の不十分さだけでなく、そもそもそれが再分配としてうまく機能していないことにもある。

社会政策を専門とする東京大学名誉教授の大沢真理氏によれば、「税・社会保障による所得再分配は、普通の国では貧困を削減するが、日本では、子ども(を育てる世帯)や就業者の貧困をかえって深め」てしまっている。

日本の税・社会保障は子育てや女性が働くことに「罰」を科すような状態になっており、「機能不全」どころか「逆機能」だと言うのだ(『世界』2021年11月号)。

大沢氏はその要因として、公的社会給付が低所得層より高所得層に対して厚く、現役世代に対して特に少ないという「給付」の面の問題に加え、累進性のある個人所得課税を減らし、代わりに逆進性の高い社会保険料負担や消費課税を増やしてきた「負担」の面の問題も指摘する。

要するに、日本では給付と負担という再分配の両面に問題があり、政府がそれなりの規模で再分配をしていながら、低所得層の人々が実際に使えるお金(可処分所得)を増やせていないのだ。特に現役世代の貧困や不平等を減らすという意味において、日本政府は機能できていない。

市場を通じた所得格差の拡大は世界的な現象だ。経済学者のブランコ・ミラノビッチ氏によると、現代の「リベラル能力資本主義」では、労働所得より資本所得の割合が増え、それと並行して一部の人への資本所有の集中が加速し、「資本金持ち」が同時に「労働金持ち」でもある場合や金持ち同士の同類婚も増加。加えて親から子への所得や富の継承まで強化されている(『資本主義だけ残った』)。

つまり、放っておけば格差はどんどん拡大する。逆に言えば、不平等を是正するために政府が果たす役割も大きくなっているのだ。

プロフィール

望月優大

ライター。ウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。著書に『ふたつの日本──「移民国家」の建前と現実』 。移民・外国人に関してなど社会的なテーマを中心に発信を継続。非営利団体などへのアドバイザリーも行っている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米相互関税は世界に悪影響、交渉で一部解決も=ECB

ワールド

ミャンマー地震、死者2886人 内戦が救助の妨げに

ワールド

ロシアがウクライナに無人機攻撃、1人死亡 エネ施設

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story