コラム

横尾忠則「呪われた」 デザイナーから画家になり、80代で年間100点の作品を生む

2023年04月17日(月)08時10分

1990年代半ばからは、空襲によって赤く染まった空や死のイメージ、広大な宇宙空間や生の血の色も想起させる、赤と黒が混ざり合い画面全体を覆うかのような赤い絵画の連作に取り組むようになり、さらに2000年代に入ると「Y字路」シリーズに着手し、これらは横尾の代表作になっていく。後者は、西脇で過ごした少年時代の想い出の模型屋をフラッシュをたいて撮影した写真に、個人的なノスタルジーを超えて、人生の岐路や異界の入り口のような印象を抱いたことから生まれた作品で、以降、継続的に取り組んでいくこととなる。多くの人が原風景のようなイメージを思い浮かべるこのシリーズは、日曜画家のような写実的な表現もあれば、不自然に色彩豊かなものもあり、多様な展開が、その時々の横尾の心境や社会の空気を想起させなくもない。

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《暗夜光路 2001年9月11日》2001年 1940×1940mm キャンバスに油彩、ジェッソ、コラージュ(原美術館蔵)


例えば、2001年9月11日、アメリカ同時多発テロの映像をニュースで目撃した日に描かれた絵は、ショックで描き進められず、途中の粗い筆触が残ったままであり、2011年3月11日の東日本大震災を経て初めて発表された「Y字路」作品の画面は、驚くほどに真っ暗である。横尾の関心は画面上に、人間が生まれる瞬間に見る最初の光と、死にゆく瞬間に見る最後の光を同じ画面上に描くことであり、見えないものを描くのではなく、見えるものを見えないように消滅させる反絵画的行為だったというが、展示会場である横浜市内も含め各地で計画停電が行われている時期に制作・公開されたということもあり、震災直後の暗い街中や社会の不穏な空気を思い出させるものとなった。

その翌年、横尾は<如何に生きるか>というタイトルの作品を発表。横尾の芸術的探究はこれ以降、もはや「何を描くか」でも「いかに描くか」でもなく、「いかに生きるか」の問いに集約されていくのである。

注4: 「横尾忠則ロング・インタビュー」「特集 横尾忠則」『美術手帖』、 2013年11月号、美術出版社、p39-40

注5: 「横尾忠則ロング・インタビュー」「特集 横尾忠則」『美術手帖』、2013年11月号、美術出版社、p33


よく生きることはよく死ぬこと

2010年の瀬戸内国際芸術祭に際して、横尾は香川県豊島の空家屋一軒を使った展示を行った。それを契機として、2013年に新たに豊島の玄関口である港に面した家浦地区の古民家を改装して設立されたのが、豊島横尾館(建築 永山祐子)である。1984年に開館した磯崎新による西脇市岡之山美術館(現在は他作家の作品展示も実施)、2012年に開館した神戸の横尾忠則現代美術館に続く個人美術館である。存命の個人作家の作品を中心的に扱う施設が複数出来ること自体極めて珍しいが、それも膨大な作品数かつ内容の多様さゆえに成せる業であろう。
 
横尾の出身地に関連した2館とは異なり、横尾と縁もゆかりもない豊島に同館が設置されることになった理由は、第一に生と死が混在する横尾芸術の世界観にある。

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2013年7月19日、豊島横尾館オープニングイベントにて。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

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