コラム

横尾忠則「呪われた」 デザイナーから画家になり、80代で年間100点の作品を生む

2023年04月17日(月)08時10分

横尾はアルノルト・ベックリンの《死の島》(1880年)に着想を得て、さらに「よく生きることは、よく死ぬこと。よく死ぬことは、よく生きること」という考えやジョルジョ・デ・キリコの絵など様々な源泉からインスピレーションを受け、鑑賞者が作品内部に入り込むことの出来る立体的なコラージュ空間を創り出した。赤や青といった原色の岩が並ぶ庭、三途の川や母体の羊水を感じさせる池、長生と美と青春の輝きと屍の山、大量の滝のイメージが無限に拡がり男性原理を象徴する塔(横尾によると、これは本当は黒ではなく赤でなければならなかったようだが)......。夢と現実、天国と地獄、すべてが渾然一体となった世界、横尾いわく「死の体験を通して無意識に生のエネルギーを放出しているような空間(注6)」が現出した。

yokoo20230310_05.jpg

豊島横尾館「母屋」内観(写真:山本糾)


土着性や戦前の生活・価値観、ソフトなエロチシズムと亜熱帯的な湿度を漂わせ、観念や言葉よりも肉体的、生理的な体験を提示する横尾の芸術空間が、瀬戸内海の離島に存在することの意味を考える時、三島由紀夫のテキストが思い出される。
 
「(...)何を喪失するともしれず、ただ喪失してゆく。ハバカリの匂いを、農村を、血の叫びを。......そして、何十年かのち、コンピューターに占領された日本のオフィスの壁には、横尾忠則のポスターだけが、日本を記念するものとして残されるであろう(注7)」
 
現在に置き換えるならば、あるいは、何十年かのち、都市は高層ビルに占領され、アイデンティティを失った未来の日本では、離島の横尾の作品空間だけが、日本を記念するものとして残されることになるのだろうか――。

注6: 2013年3月4日横尾忠則×永山祐子トークイベントにおける発言
注7: 三島由紀夫「ポップコーンの心霊術――横尾忠則論」(1968年)は、写真集「私のアイドル」の序文として執筆された。『文豪怪談傑作選 三島由紀夫集 雛の宿』(ちくま文庫、2007)より引用。

宿命とともに

80代も半ばを過ぎた現在も、横尾は大半の時間をアトリエで過ごしている。100号、150号サイズのキャンバス作品を年100点ほど、つまり単純計算すると3日に1枚という驚異的なペースで、まさにピカソのように毎日描き続けているという。新型コロナウイルス感染症によるパンデミック以降も、自身の作品や写真を素材にマスクをコラージュした「WITH CORONA WITHOUT CORONA」をツイッターで発信。ステイホームで家によって制作時間がとれ、集中出来るようになったこともあるようだが、難聴や手の腱鞘炎といった身体の不調にもかかわらず、「寒山拾得」シリーズなどで画風を変えながら新たな自身を見出し続けている。
 
実は、2021年の東京都現代美術館での大規模な個展「GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?」の終了後、一度だけ描くことに飽きて辞めようと思ったことがあったらしいが、そう思ったことで逆に絵から解放され自由に描けるようになり、そこからまた気持ちを新たに絵が描けるようになったという。
 
2022年には心筋梗塞に見舞われ、死んでもおかしくない状況に陥ったが、奇跡的に命をとりとめた横尾は、しばらく絵を描くことを止められていたにもかかわらず、退院初日に嬉しさのあまり、一気に100号サイズを3点も描いてしまったそうだ。

08_7227.jpg

《2022.12.01》2022年 1621×1303mm キャンバスにアクリル

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story