コラム

李禹煥「日本では侵入者、韓国では逃亡者」。マイノリティであることが作品に与えた力

2022年10月24日(月)11時30分

大の男は学問や政治など大きなことをやるべきだと言われて育ったうえ、ずっと文学に興味があったので美術は学んだこともなく、絵描きなどあり得ないと思っていたという李。現実社会との関わりを求めて社会運動に関わったり、音楽にコンプレックスをもったりと、こんなはずではない、別のものがあるはずだとずっと思いながらも美術に関わり続ける。

だが、長い時間をかけて、視覚芸術は五感を使う、他の感覚にも関係するものだと理解するようになる。また、若い時に一貫性も筋道もなく紆余曲折で行ったり来たり、遊び半分面白半分でいろいろやった結果、やっと十数年前に、ああ、これで良かったのかと思えるようになったという。

常に「外を求めてきた」という、その道程は、他者として生きてきた歩みでもあり、困難や苦しみを伴いつつも既存の見方やスタンスを超えたところを目指す態度の獲得にも繋がっている。

「かつて日本国籍でないという理由で展覧会参加を拒否されるなど日本では侵入者、韓国では逃亡者として扱われ、どっちにも行けない。自分の生きる道を探すために欧州に行ったが、そこでも有名になるとアジア人だと言われる。わかったのは、どこにも僕の居場所はないということ。そのうち、一種のマイノリティを肯定的かつダイナミックに活かす方向で考えられないか。どこにも属していないのではなく、どこにも属していると捉えることはできないか、と考えるようになった。特定の何かに属すべきという考え方はやめよう。そう思ったことで二重性や三重性というか、それが身に付いていった」と李は語っている。

さらに、

「宗教はもっていないが、やっぱりいろんなものと共に在るという考えはある。日本も韓国もアニミスティック(精霊崇拝的)というか、生物も無生物もいろんなものが共にある、そういう発想が旅行や仕事で走り回っているうちに少しずつ身について、特定の民族だの国家だの、そういう小さなことに縛られず、しかし、そういうものを引き入れながら周りと共にあるという考えが身についていった」

直島の《無限門》

2020年4月、コロナ禍で緊急事態宣言が発令されるなか、李禹煥はメッセージを出した(注3)。そこでは、現代のグローバリズムの画一性や自国中心主義、個人の放任主義の無謀さと危険性、それを引き起こした外部を認めない閉じた内部の構築と拡大を志向する近代的な意志の問題を指摘している。

注3. 「李禹煥よりメッセージ」、2020年4月22日、SCAI THE BATHHOUSEウェブサイト

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story