コラム

李禹煥「日本では侵入者、韓国では逃亡者」。マイノリティであることが作品に与えた力

2022年10月24日(月)11時30分

また、コロナ禍によるAIやロボットの飛躍的活躍が身体性の軽視を招く可能性を危惧するとともに、人類は自然と対話することで、生きた世界の関係性に目覚め、人間の外部性の回復や文明再興に繋げることが出来るのかを問うた。

それを眼にしたとき、筆者には、その前年に直島の李禹煥美術館敷地内の海岸側に完成した、世界的にも李の最も重要な屋外恒久設置彫刻のひとつとなる《無限門》が、そうしたことを人類に思い出させるためのひとつの装置のようなものに思えた。また、本作を含む彼の世界初の美術館が直島の地に出来たことも、ある種の必然ではないか...、そのように感じられたのだ。

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《無限門》2019(写真:山本糾)

《無限門》は、長い旅の果てにこの場所に辿り着いた人々の記憶に残るものとして、李が、山奥の自身の故郷とどこか重なるという山間に建てられた洞窟のような美術館の屋外の自然のなかで、彼が30余年前に見た虹の古い記憶をもとに構想した屋外彫刻である。

地面に敷かれた長さ25メートル、幅3メートルのステンレス板と、同じ長さ・幅、素材のアーチ、それを支えるように置かれた2つの自然石という構成が緊張と均衡をその場に生み出し、まるで海と陸、大自然と美術館空間を繋ぐように、谷間一帯の空気の動きを活性化させる。訪れる人々が周囲を歩いたり門をくぐることで、身体感覚が呼び覚まされ、大地と繋がり、宇宙の無限性を感じたり新しい世界と出会うことが意図されたものだ。

それは、まるで何度も橋を渡り、門をくぐるように、外へ外へと遊牧民のように移動し、異なる文化と対話し、世界と関わり合い、様々な異なるものの狭間における緊張や均衡、相互関係のなかでダイナミックな力を獲得してきた李の生き方や、中央や国家とは距離をとる一方で、海を通して外に開かれることで生きる道を見つけてきた瀬戸内海の島々の在り方をも反映するかのように、自然の中にそびえ立っている。

青い空や海へと開かれた門をくぐり、マスクを外して風を感じながら大きく息をすると、そのたびに、私たちが大いなる自然の一部として生きていることを実感するとともに、人生も島も地域も何度でも再生が可能なことを再認識するのは筆者だけではないだろう。

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2010年、直島にて美術館準備中の李禹煥

本稿は作家本人からの聴き取り等を基に構成。註の記載のない李の言葉は本聴き取りおよび以下の参考文献より引用。
その他参考文献:
李禹煥「照応」、崔玉憧「年譜」、図録『李禹煥美術館』 公益財団法人福武財団発行 2015年
「李禹煥オーラル・ヒストリー」(インタヴュアー:中井康之, 加治屋健司)日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ、公開2009年7月20日、更新2012年12月23日 
「2010年6月4日李禹煥美術館 アーティスト・トーク記録資料」(福武財団内部資料)
李禹煥アーティストトークからみえてくるものー"分からなさ"を受け入れるということー」ベネッセアートサイト直島ブログ、2017年3月3日
李禹煥美術館 アーティストトーク――他者との対話」ベネッセアートサイト直島ブログ、2020年12月11日
「李禹煥インタビュー:自己と世界の無限性に出合う」 ベネッセアートサイト直島広報誌、2019年10月号

※この記事は「ベネッセアートサイト直島」からの転載です。
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プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

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