コラム

李禹煥「日本では侵入者、韓国では逃亡者」。マイノリティであることが作品に与えた力

2022年10月24日(月)11時30分

また、1977年開館のポンピドゥー・センターだけでなく、以降パリではラ・ヴィレットやオルセー美術館が創設され、さらに脱中央集権政策の流れで地方にもボルドー現代美術館や現代美術地方基金のギャラリーなど数々の美術館やアートセンターが開設され、アーティストたちの活躍の場も一気に増えていった。

そうした環境で、「東洋的」などと固定的な見方で片づけられてしまうこともあったが、一方で早くから理解者も得た李は、1997年にはジュ・ド・ポーム国立美術館で、フランス国立美術館においてアジア人アーティスト初の個展を開催するに至っている。

興味深いことに、同展を企画した館長は、1971年のパリ青年ビエンナーレで総監督のアシスタントを務めていたダニエル・アバディであり、もう一人のアシスタントだったアルフレッド・パックマンは、2014年にヴェルサイユ宮殿で大規模な李の個展を企画することになるのだ。

なお、アメリカとは長らく距離をとってきた李だが、近年、当地ではマーケットとも連動し、もの派の評価が高まりを見せるなかで、ギャラリー等での展示も増えており、2011年にはニューヨークのグッゲンハイム美術館で個展が開催されている。こうして、日本、欧州、韓国、そしてアメリカと、李の活躍の場は益々拡大していった。

この間、李は欧州での創作活動において、作品の強度の必要性を感じたり、また、やり続けるうちに、否定性ではなく、古典性や持続性、色々な不純物や矛盾を包括しつつ共にあるような越境性、つまり時代を超えるかたちや見るたびに違うものを感じさせるような普遍性、生命力のようなものを意識するようになっていったという。

絵画では1970年代から80年代にかけて規則的な反復から不規則な筆致へ、1991年からの「照応」シリーズでは大きく余白を残した画面に平筆の少ないタッチになり、また2004年からは展示空間の壁に直接描くウォール・ペインティングへ、そして、彫刻は脱構築的に解体され、空間のあちこちに散らばり、別々のもの同士の関係性を活性化するようになるなど様々な変化を見せるとともに、そのスケールも拡大していった。

対象を超えて

改めて、李本人にこれまでの道のりを振り返ってもらうと、否定性を見出しにくい現代とは異なり、中国の文化大革命やフランスの五月革命、日本でも大学紛争などで世界中が揺れた1960年代は、既存のシステムや価値観に対する否定性の時代であり、それを力やバネに出来る時代に生まれ、描くことや作ることに対する拒絶を踏まえて出発出来たことが大きかったという。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:カナダ総選挙が接戦の構図に一変、トランプ

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story