コラム

今、あらためて考える草間彌生という存在──永遠の闘い、愛、生きること(1)

2022年07月07日(木)10時35分

だが、草間の才能をさらに開花させたのは、ニューヨークである。1957年シアトルでの個展を期に渡米し、その後ニューヨークを拠点にすることになるが、以前より、戦後のアート界の最先端はパリではなくニューヨークだと感じ、何とかニューヨークに行こうと、ジョージア・オキーフに自ら手紙を書くなどしていたという。

実際、1964年のヴェネツィア・ビエンナーレでアメリカ人アーティストのロバート・ラウシェンバーグが金獅子賞を受賞したことはアートの中心が欧州からアメリカに移行したことを顕在化したわけだが、草間はものを創る才能だけでなく時代の流れを読み取る力とそれを手繰り寄せる能力にも長けていたようだ。

行き着いたニューヨークは、女性が単独で個展を開くことさえ困難な時代で、かつ日本人であるにもかかわらず、草間は1959年に当地で初の個展を開催している。その際に発表した、画面を覆うオール・オーヴァー的で奥行きのない平面性をもった大画面の絵画《無限の網》は、抽象表現主義が下火となり、ミニマリズムやカラーフィールド・ペインティング、ポップアートなど新しい表現が台頭しつつあった当地のアート界で評価され、ハーバード・リードら著名な批評家に注目されたり、ドナルド・ジャッドに作品を購入されたりもしている。

彼だけでなく、マーク・ロスコ、バーネット・ニューマン、アンディ・ウォーホル、クレス・オルデンバーグら時代の最先端を走る才能が群雄割拠していた時代である。1998年の台北ビエンナーレ等の準備のために過去に何度か直接話をする機会を得た際、草間は自分の表現を他のアーティストたちに「盗られた」と何度となく口にしていた。その真偽のほどは別として、それだけ次なる先駆的表現を誰が打ち出すか、しのぎを削る現場に彼女は身を置いていたのである。

1961年には布製男根状の詰め物をいくつも反復、増殖させて椅子やベッドやボートに貼り付けたソフト・スカルプチュアに取り組むようになる。そうした「アキュミュレーション(集積)」は部屋全体やエンヴァイラメントに拡がり、また鏡の使用で無限に強化されていった。

その鏡の効果を用いた《無限の鏡の間-ファルスの原野》以降、草間はミラールームを何度も制作し、代表作となっていった。このように、男根の形で対象を埋めつくす作品を繰り返し作ることで、彼女は男根への恐怖感や性への嫌悪感を克服していく。

再び日本へ。多様化する表現、そして再評価へ。

さらに、そうしたより広い環境へと拡大するイメージのもうひとつの方向性にあったのが、1960年代より路上などで展開することになるハプニングだ。特に1967年から1970年に入るまでの間には、自然に帰ろう、人間性を取り戻そうというヒッピー・ムーブメント、ベトナム反戦運動の高まりや資本主義経済への批判などを背景に、裸に水玉のボディ・ペインティングを施したり、草間デザインのファッションに身を包んだモデルたちによるデモやファッションショーが室内や街頭で大量に繰り広げられることとなった。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

バークレイズ、ブレント原油価格予測を上方修正 今年

ビジネス

BRICS、保証基金設立発表へ 加盟国への投資促進

ワールド

米下院で民主党院内総務が過去最長演説、8時間46分

ビジネス

米サミットと英アストラが提携協議、150億ドル規模
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 8
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 9
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story