コラム

「危険ドラッグ」の呼称が注意喚起になっていない理由

2024年08月07日(水)10時50分

言霊信仰は精神論(感情論・根性論)と結びつきやすい。言葉に出さざるを得ない場合、ストレートに表現するのではなく、オブラートに包んで発言するからだ。煙に巻くような発言になることもある。言葉は本来「見える化」するものだが、それをできるだけ「見えない化」するわけだ。

「犯罪者」を「不審者」に、「売春」を「援助交際」に、「子どもへの性暴力」を「いたずら」に、「女性への性暴力」を「痴漢」に、「窃盗」を「万引き」に、「暴行脅迫」を「いじめ」に変えているのも、すべて言霊信仰や精神論(感情論・根性論)の成せる業である。

「防犯カメラ」という表現もそうだ。まるで、「防犯」と名付ければ、それが自然に実現するとでも思っているかのようである。しかし、リアルタイム・モニタリングをせず、録画のみでは、その実体は「捜査カメラ」だ。例えば、「防犯カメラで犯人逮捕」とよく報道されるが、正確に言うなら、「防犯に失敗し、犯罪を防げなかったカメラを使って、犯人逮捕」である。

リスク・マネジメントの基本

また、「防犯ブザー」にも同じことが言える。防犯ブザーを鳴らすときには、すでに襲われている。つまり、防犯に失敗しているのだ。

さらに、「防犯灯」というのも日本独自の呼び方である。街灯は「夜の景色」を「昼の景色」にできるだけ戻すだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。つまり、昼間危険な場所(例えば、周囲に家がない道)に街灯を設置し、夜間に明るくしても、戻った景色は危険なままであり、その場所が安全になるわけではない。

それでなくても、人は「そんなことは起きないだろう」と思いがちだ。信じたい情報ばかり探してしまう「確証バイアス」や、「たいしたことはない」と思い込む「正常性バイアス」である。その呪縛から解放されるためには、まず「最悪の事態」を言葉に出し、対策の議論を始めなければならない。

リスク・マネジメントの基本は「最善を望み、最悪に備えよ」である。分かりやすく言えば「悲観的に準備し、楽観的に行動せよ」だ。言葉を濁している限り、有効な準備はできない。

悲劇を繰り返したくなければ、言霊信仰や精神論(感情論・根性論)から脱出する必要がある。たかが言葉、されど言葉。人の思考をコントロールする言葉を大切にしたいものだ。

ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本の小説36
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月16日/23日号(9月9日発売)は「世界が尊敬する日本の小説36」特集。優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページはこちら。YouTube チャンネルはこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税

ワールド

UAE、イスラエルがヨルダン川西岸併合なら外交関係

ワールド

シリア担当の米外交官が突然解任、クルド系武装組織巡

ビジネス

ロシア財務省、石油価格連動の積立制度復活へ 基準価
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story