コラム

「夜間の犯罪は明るくすることで防げる」は本当か? 街灯の防犯効果について考える

2023年08月14日(月)19時35分

「犯罪者」と言うと、とかく暗がりに潜んでいる姿を想像しがちだが、そうした場所は犯罪者でも気味が悪いに違いない。犯罪者も同じ人間。明るい場所で安心し、暗い場所で不安になる。つまり、犯罪者の明暗に対する反応も、基本的には普通の人と同じなのである。

こうした知識を踏まえて、街灯の防犯効果について考えてみる。

犯人の動機ではなく、犯罪が起きる場所に注目する「犯罪機会論」では、犯罪が起きやすいのは「入りやすく見えにくい場所」であることが、すでに分かっている。

例えば、両側に住宅の窓がたくさん見える道では、何となく視線を感じるので、犯罪を諦めざるを得ない。逆に両側に高い塀が続く道では、犯行を目撃されそうにないので、安心して犯罪を始められる。

では、街灯を設置すれば、「見えやすい場所」になるのだろうか。

そもそも、街灯の機能は「夜の景色」を「昼の景色」にできるだけ戻すことである。とすれば、昼間安全な場所(つまり、視線を感じられる場所)に街灯を設置すれば、夜でも安全な景色に戻って危険性が抑えられるはずだ。しかし、昼間危険な場所(視線を感じられない場所)に街灯を設置しても、戻った景色は危険なままなので安全性が高まることはない。

要するに、昼間安全な場所に街灯を設置すれば、夜でも安全な場所になるが、昼間危険な場所に街灯を設置しても、夜だけ安全な場所にはならないのである。

こうした知識が共有されていないため、記事の冒頭で触れたように、三重県の中学生が殺害された事件では、現場付近に街灯が増設された。ところが、そこには家がほとんどない。したがって、この街灯には、残念ながら、無人島の外灯のように防犯効果を期待できない。

間接的には効果も?

さらに、この場合、街灯によって安全な場所になったと勘違いしてしまい、それまでは暗かったので警戒していた人も油断するかもしれない。それでは、かえって犯罪が起きやすくなってしまう。実際、街灯を設置した途端に、ひったくりが多発した造成地もある。

シンシナティ大学のジョン・エック教授も、「照明は、ある場所では効果があるが、他の場所では効果がなく、さらに他の状況では逆効果を招く」と述べている。

結局、街灯の防犯効果は昼間の状況次第ということになる。そのため、「地域安全マップづくり」も昼間に行うだけで十分である。犯罪が起きる確率の評価は、昼の景色が基準になるからだ。

ただし、昼間危険な場所に街灯を設置した場合でも、住民に安心感を与えて地域が活性化されれば、昼の景色自体を安全な景色に改善する動きが起こるかもしれない。もっとも、これは街灯の直接的な効果ではなく、間接的な効果ではあるが。

街灯の防犯効果に関する研究結果を収集して評価したノースイースタン大学のブランドン・ウェルシュ教授とケンブリッジ大学のデイビッド・ファリントン教授も、これまでの研究には防犯効果を肯定したものと否定したものが混在するものの、肯定した事例においては、街灯の改善が地域への関心を高め、それが環境改善の触媒となり、犯罪を減少させたと分析している。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story