コラム

日本の公園が危険な理由 子どもを犯罪から守るには緑を控え目に、そして「フェンス」を

2023年01月11日(水)10時45分

このように、西洋人はフェンスをポジティブにとらえ、日本人はネガティブにとらえる。さらに、日本人はしばしば、ハード面の「区別」とソフト面の「差別」を混同する。その背景には、日本が領域性と監視性に配慮した城壁都市づくりを経験してこなかったことがある。

海外に行くと、街の境界を一周する城壁が今も高くそびえているのに驚かされる。かつて民族紛争が絶えず、地図が次々に塗り替えられていた海外では、異民族による侵略を防ぐためには、人々が一カ所に集まり、街全体を壁で囲んで、入りにくく見えやすい場所にする「城壁都市」が有効とされた。

komiya230111_istanbul.jpg

城壁都市コンスタンティノープル:イスタンブール(トルコ) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)

一方、日本は、城壁都市を建設するまでもなかった。なぜなら、四方の海が城壁の役割を演じ、しかも台風が侵入を一層困難にしていたからだ。実際、日本本土は建国以来一度も異民族に侵略されたことがない。それどころか、戦国時代でさえ、村人や町人が弁当持参で合戦を見物していたほど、危機意識が乏しかった。

フェンスは、「ディフェンス」という言葉から派生したことからも分かるように、守りの基本形だ。子ども向けエリアがフェンスで囲まれていれば、子ども専用のスペースに入るだけで、子どもも周りの大人も警戒するので、だまして連れ出すことは難しい。これが、「入りにくい場所」の防犯効果だ。

実は、子どもの連れ去り事件のおよそ8割は、だまされて自分からついていったケースである(警察庁「略取誘拐事案の概要」)。宮﨑勤事件(1988~89年)も、神戸のサカキバラ事件(1997年)も、奈良女児誘拐殺害事件(2004年)も、すべてだまして連れ去ったケースだ。したがって、ゾーニングされていない公園は、誘拐しやすい場所と言わざるを得ない。

公園設計でゾーニングの発想が乏しいのは、「何事もみんなで」という精神論も影響している。公園に設置される公共トイレが、ゾーニングされずに、「みんなのトイレ」「だれでもトイレ」と名付けられることが多いのも、それが理由だ。

「理性よりも感情」「熟考よりも気合」が重視される日本では、「利用者層別の公園」よりも、「みんなの公園」の発想の方が支持されやすい。しかしそれでは、子どもや女性といった弱者を守れない。犯罪機会論に基づく公園づくりが切に望まれる。

20250311issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年3月11日号(3月4日発売)は「進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗」特集。ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニスト、29歳の「軌跡」

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた

ワールド

トルコ中銀が2.5%利下げ、インフレ鈍化で 先行き

ビジネス

トランプ氏、ビットコイン戦略備蓄へ大統領令に署名

ビジネス

米ウォルマート、中国サプライヤーに値下げ要求 米関
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story