コラム

安倍元首相銃撃事件で次の段階に進んだ「自爆テロ型犯罪」

2022年07月12日(火)13時40分
安倍晋三元首相

凶弾に倒れた安倍晋三元首相(2020年5月4日) Eugene Hoshiko/Pool via REUTERS

<繰り返し指摘されている警備態勢の不備や宗教団体への恨みは事件のトリガーであって、そこだけにフォーカスしていては事件の本質は見えてこない。同種事件の再発を防ぐために必要なのは──>

安倍晋三元首相が銃撃され死亡した事件をめぐっては、警備態勢の不備と宗教団体への恨みが繰り返し報道されている。しかしそれらは、事件のトリガー(引き金)であって、そこだけにフォーカスした報道では事件の本質は見えてこない。本質が見えなければ、同種事件の再発は防げない。

同種事件とは、捕まってもいいと思って振るう暴力「自爆テロ型犯罪」だ。近時、そうした自爆テロ型犯罪が目立つようになった。

例えば、スクールバスを待っていた私立カリタス小学校の児童が刺殺された事件(2019年)、京都アニメーション(京アニ)が放火され社員36人が死亡した事件(2019年)、ハロウィーンの夜に悪のカリスマ「ジョーカー」に似せた服装をした男が京王線の乗客を襲った事件(2021年)、東京大学のキャンパス前で受験生が刃物で切りつけられた事件(2022年)は、いずれも自爆テロ型犯罪だ。

これらの事件では、「幸せ」のシンボル(施設やイベント)がターゲットになった。いずれも、攻撃の対象者は「特定」とまではいかないが「不特定」でもない。つまり、無差別事件ではなかった。

それが今回の事件では、「特定」の人物になった。

もっとも、「特定」の人物ということであれば、大阪市の心療内科クリニックが放火され、院長ら26人が犠牲になった事件(2021年)は「特定」に近いものかもしれない。ただ、容疑者が死亡している以上、断言はできない。やはり、「幸せ」のシンボルにすぎなかったのかもしれない。

「自爆テロ型犯罪」を防ぐには?

それはともかく、安倍元首相銃撃事件では、誰もが知っている要人がターゲットになった。特別の人物であり、したがって、明らかに「特定」の人物だ。とすれば、自爆テロ型犯罪が次の段階に進んだことになる。

その意味するところは、日本の置かれた状況が、犬養毅首相が殺害された五・一五事件や、高橋是清大蔵大臣らが殺害された二・二六事件と似てきたということである。もちろん、現在の自爆テロ型犯罪では、政治的闘争という色彩は薄いが、社会全体に不公平感が充満した状況の下、うっ積した不満が爆発したという点では同じだ。

繰り返しになるが、安倍元首相銃撃事件で指摘されている、警備態勢の不備と宗教団体への恨みは、事件のトリガーにすぎない。問題の本質は、不満の底流にある格差や貧困である。

五・一五事件や二・二六事件でも、軍国主義は事件のトリガーであって、失業者の増加や農村の娘の身売り(人身売買)が問題の本質だった。イスラム過激派によるテロも、宗教はトリガーであって、欧米諸国における移民の失業や、貧困にあえぐ国と先進国との経済格差が問題の本質である。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページはこちら。YouTube チャンネルはこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は小反発、クリスマスで薄商い 値幅1

ビジネス

米当局が欠陥調査、テスラ「モデル3」の緊急ドアロッ

ワールド

米東部4州の知事、洋上風力発電事業停止の撤回求める

ワールド

24年の羽田衝突事故、運輸安全委が異例の2回目経過
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 7
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story