コラム

バイデン米大統領のセンチメンタルジャーニー アイルランド帰郷に込められた意味

2023年04月13日(木)18時51分

英国の欧州連合(EU)離脱で北アイルランドが再びギスギスし始めた。北アイルランドに和平をもたらした「ベルファスト合意」20周年の時「合意は次の20年を生き残れない」と囁かれた。この3月、カトリック系政党シン・フェイン党は北アイルランドとアイルランドの統一を問う住民投票実施を呼びかける広告を米主要紙に掲載した。

1960年代後半、米国の黒人たちが人種差別の解消を求めた公民権運動に触発され、北アイルランドでも、「2級市民」扱いされていたカトリック系住民が公民権運動デモを組織した。雇用、公共住宅の割り当て、選挙区割り、警察官の採用についてカトリック系住民をプロテスタント系住民と同じように扱えと主張した。

血の日曜日

英国によるアイルランド支配、アイルランド独立戦争を経て英国にとどまることになった北アイルランドのカトリック系住民には、「支配者」として振る舞い続けるプロテスタント系住民や警察権力に対する怒りが充満していた。72年、デリーを行進中のカトリック系住民が英軍に銃撃され、14人が死亡する「血の日曜日」事件を機に紛争は一気にエスカレートする。

非常事態下の北アイルランドには最大2万1000人の英部隊が配置された。98年、ジョージ・ミッチェル元米上院議員、ビル・クリントン米大統領、トニー・ブレア英首相のリーダーシップで「ベルファスト合意」が結ばれ、経済は浮揚する。帰属が確定するまで、プロテスタント、カトリック系政治勢力が共同参加する自治政府によって統治されることになった。

「ウィンザー・フレームワーク」でEUと合意したリシ・スナク英首相は「最も重要なのはベルファスト合意が北アイルランドにおける妥協に基づいていることだ。困難な決断を下し、妥協を受け入れ、リーダーシップを発揮した人々を称える」と、フレームワークに反対する与党・保守党右派や北アイルランドのプロテスタント系民主統一党(DUP)に妥協を求めた。

ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンのリーアム・ケネディ教授(米国研究)は豪オンラインメディア「ザ・カンバセーション」への寄稿で「バイデン氏の訪問は、歴史的な象徴であると同時に、アイルランド・カトリックであり、同国との絆を誇らしげに語る米大統領として、個人的にも重要な意味を持つことになる」と指摘する。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

ガザ全域で通信遮断、イスラエル軍の地上作戦拡大の兆

ワールド

トランプ氏、プーチン氏に「失望」 英首相とウクライ

ワールド

インフレ対応で経済成長を意図的に抑制、景気後退は遠
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story