コラム

「泥縄式」よりひどい日本のコロナ対策 五輪と首相に全責任を押し付けるのが「科学」なのか

2021年08月27日(金)11時49分

「泥縄式」の批判なら素人のジャーナリストにでもできる。イギリスの核となる科学者は中国湖北省武漢市で正体不明の新型肺炎が流行り始めた2019年12月から今日を予測して不眠不休で未知のウイルスと闘ってきた。それでも正体をつかめず、イギリスは15万5千人超という欧州で最悪の犠牲者を出してしまった。

コロナ死者は限られているという油断

人口100万人当たりのコロナ死者数で日本は125人と欧米諸国に比べると一桁少ない。しかし「封じ込め」に成功したニュージーランドやシンガポール、香港、台湾、オーストラリア、韓国といったアジアとオセアニアの優等生には遠くおよばない。しかし欧米に比べて死者が少ないという甘えとクラスター対策の成功体験が日本のコロナ対策を遅らせてしまった。

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「医療崩壊」「五輪・パラリンピックの中止を」と叫び、政府が緊急事態宣言を行っているにもかかわらず、行動制限を数値化した非医薬品介入指数で日本は厳しい対策をとっているとはとても言い難い。日本の規制は強制力を伴わない。悲壮感を漂わせているのは重症化したコロナ患者を受け入れている病院だけで、それ以外の人にとっては文字通り他人事だ。

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ロンドンで暮らす筆者の隣人や友人の多くがコロナを患い、苦しんだ。ボリス・ジョンソン英首相が7月にコロナ規制を全面解除したあとも市民は自主的に公共交通機関や店内でのマスク着用を続けている。日本では度重なる緊急事態宣言に市民は緊張感を失っている。アルファ(英変異)株やデルタ(インド変異)株はこれまでのコロナとは全く別物なのに。

日本は病床数こそ多いものの、医師や看護師の数は限られている。国民皆保険とは言え、民間病院が8割を占め、規模が大きくない。赤字病院も少なくない。市場原理に任せていては押し寄せるコロナの津波は防げない。戦時下の徴兵のように病院を徴用する必要があると筆者は思うのだが、戦後日本は未曾有の緊急事態というのに私権の制限には極度に敏感だ。

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1人当たりの医療費も日本はイギリスよりも少なく決して潤沢ではない。要するに普段からギリギリの状態で回しているから、コロナ危機で感染者が増えるとすぐに医療が逼迫してしまうのだ。

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こうなるのは火を見るより明らかだったのに、事ここに至るまで誰も抜本的な対策を打とうとはしなかった。医療資源には限りがある。2のキャパしかないのに、3を処理するのは不可能という当たり前のことを言う人がいなかった。目の前のコロナ患者を救うには緊急でない医療はすべて後回しにしなければならないと言う人がいなかった。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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