コラム

「泥縄式」よりひどい日本のコロナ対策 五輪と首相に全責任を押し付けるのが「科学」なのか

2021年08月27日(金)11時49分

日本の分科会(旧専門家会議)が「科学」の英知を結集した組織かというと甚だ心もとない。分科会が示してきた方針にフラストレーションを募らせてきた科学者も少なくない。イギリスではコロナ危機に対処するため、まさしく「国家総動員」でありとあらゆるデータを集め、複数の大学や研究機関が分析し、「科学」の英知を一つにまとめ「政治」に伝える。

「政治」が決定した政策が発表される時には必ず「科学」の詳細なデータと分析も示される。英首相の両脇には政府首席科学顧問とイングランド主席医務官が控え、緊急治安閣僚会議(COBRA)には世界トップクラスの科学者が結集する緊急時科学諮問グループ会合(SAGE)が政策決定のための科学的根拠を提供する。

「政治」の事情によって「科学」と異なる選択をすることもあるが、「政治」と二人三脚を組む「科学」が政策を表立って批判することは避けるのが原則だ。日本では「メディアは不勉強」と批判する科学者が多いが、イギリスの「科学」はメディアにも「政治」にも分かりやすく伝えることに徹底している。「科学」の専門性はどんどん高くなっているからだ。

「政治」と「科学」の距離感

「SAGE」に参加していない科学者が「独立したSAGE」を作り、「SAGE」や政府の政策を厳しく批判する。しかし何に重きを置くかによって政策は変わり、何を優先するかを決めるのは「科学」ではなく「政治」である。「科学」が「政治」に足を踏み入れると例えば「ソ連の核兵器はアメリカと違ってクリーン」といった冷戦期のような馬鹿げた科学が現れる。

イギリスでは情報機関の人間が政策を決定することもない。「情報」と「政治」が適度な距離を保たないと大量破壊兵器がないにもかかわらずイラク戦争に突入してしまうような過ちを繰り返す。「報道」と「論説」を一緒くたにすれば朝日新聞の慰安婦報道のような大誤報につながる。それと同じように「科学」も「政治」と適度な距離を保つ必要がある。

最終的に選挙で結果責任を問われるのは「科学」ではなく「政治」である。どうして「科学」が必要かと言えば、データを分析すれば、未来がある程度、予測できるからだ。イギリスの1日当たりの死者や入院患者は今のところSAGEが予測した数値をそれぞれ少しずつ下回っている。学校が始まると再び上昇するかもしれないが、この予測こそが科学である。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米相互関税は世界に悪影響、交渉で一部解決も=ECB

ワールド

ミャンマー地震、死者2886人 内戦が救助の妨げに

ワールド

ロシアがウクライナに無人機攻撃、1人死亡 エネ施設

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story