コラム

韓国文政権の医療保険政策「文在寅ケア」は成功しただろうか?

2020年01月16日(木)15時25分

保障率上昇の理由としては、選択診療が廃止され、保険外診療の一部が保険適用されたことが考えられる。但し、全医療機関に占める民間医療機関の割合が90%を超えている現実を考慮すると、保障率が伸び続けることは難しいだろう。

一方、選択診療の廃止により、診療費の15~50%を追加で負担する選択診療費が発生せず、患者の負担が減少した。しかしながら、選択診療費が発生しないことにより大学病院などの大型医療機関の利用がしやすくなり、有名大学病院や名医と呼ばれる医師に患者が集中する現象が起きた。その結果、一部の名医の場合は予約してから何カ月も待たないと受診ができなくなった。

「文在寅ケア」の最大の課題は財政負担急増により財政が悪化する恐れがあることである。保障率を上げるためには国からの財源投入は避けられないが、財源をどこから確保するのかという議論が十分ではないことは問題だろう。

最近確定した2020年の予算額は512.3兆ウォンで、2019年に比べて9.1%も増加した。国民所得が増加しているので、国の予算も増加するのは当たり前だと主張する人もいるが、前の政権に比べると増加率がかなり大きくなっていることが分かる。

■韓国の一般会計の予算や対前年比増加率の推移
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今後予想される早いスピードの高齢化や慢性疾患の増加、そして「文在寅ケア」による保障性強化政策などは、健康保険の財政状況を圧迫する要因になる可能性が高い。保障性を高め、医療サービスの質を向上させるためには、財源の多様化による財源の確保が何よりも重要であるだろう。また、「文在寅ケア」の実施以降、既存の保険外診療の一部検査などに保険が適用されることによりMRIなどの医療サービスに対する需要が増加している。その結果、CT、MRIなど高度な医療機器を配置している大学病院などの大病院に患者が集中することにより、医療スタッフの負担が過重になるのみならず、待機時間が長くなることにより、本当に高度で専門的な診療が必要な患者が適時に必要な診療が受けられない問題が発生している。

「文在寅ケア」の実施がモラルハザードによる医療サービスの需要増加に繋がらないようにするためには、外来診療によって患者の医療を担当する1次医療機関の役割を強化するなど医療機関の役割分担を迅速に推進する必要がある。

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プロフィール

金 明中

1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所客員研究員、日本女子大学人間社会学部・大学院人間社会研究科非常勤講師を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。近著に『韓国における社会政策のあり方』(旬報社)がある

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